自分だけの空間

 世界ははいした。いろどりが消え、明るさも消えた。無彩むさいしょくのこの世界に、無彩の雨がふりそそぐ。いろどりのないかさをさして、えつきて灰になった心のまま、学校に登校する。

 校舎の中に入っても、彩りは消えたまま。くわえて、よりいっそう、重みがした。歩けば歩くほど、それはずっと増えていく。

 その根元こんげんは、教室の中にいた。

楚愛そあちゃん、おはよう」

 義洋ぎようは、いつものように、明るくスマイルであいさつをする。昨日までとはちがって、その笑顔に、少しときめかなかった。彼は、昨日のことを忘れたのか。楚愛はむしろ、いきどおりを覚えた。楚愛は、義洋のあいさつを無視した。

 義洋は、楚愛のその様子を疑問に思ったらしく、

「どうしたの? なんか暗いね」

 と言った。昨日、楚愛に、水の球体をげつけられたことを覚えていないのか。または、球体を投げたのが楚愛だとは思っていないかだ。

 どちらでも、どうでもいい。楚愛は悪魔あくまにとりつかれたように、くるしかった。存在そんざい感をはなつムカムカとしたものが一気いっきにこみあげてきた。そのまま、のどまであがって、きだしてしまいそうだった。楚愛がこんなにも苦しい思いをしているのに、根元である義洋が何も知らないで、ぽかんとしている。それが、はなはだしくムカついてくる。

「覚えてないの? 昨日」

「え、昨日? 楚愛ちゃんと……」

 ムカムカが止まらない。ボコボコと音をたててきだしていた。このままだと、本当に吐きそうだった。

「もういい」

 楚愛は、きびすかえして教室を出た。教室からはなれると、われをわすれてけだした。あまりにもムカムカしすぎて、ムカムカに支配しはいされ、他の感情を忘れてしまって。その他の何かも忘れてしまった。黒くぬりつぶされた、すみにまみれた真っ黒の状態で、校舎内を駆けた。

 そのまま、外へ出た。一直線に。くつきかえず、傘もささずに。

 

 外に出た楚愛は、人影ひとかげのない、校舎のわきにいた。雨にそぼつも、そんなのは気にとめない。

 両手を広げ、球体をだす。そして、さらに両手を広げて、球体を大きくした。バランスボールほどの大きさになると、楚愛はそれにり、神速しんそくの速さで上昇じょうしょうした。空にとどくほどの高さまであがったかと思うと、今度こんどはおだやかに下降かこうした。

 あっというまに、学校の屋上おくじょうへと到着とうちゃくしてしまった。球体がゆかにつく前に、楚愛の足は着地ちゃくちした。

 楚愛は、ほっとした。ここには誰もいない。自分だけの空間だ。何の息苦しさもない。そこに、水のドームを作り、楚愛はころんだ。これこそ、自分だけの空間だ。この空間は、ひんやりとすずしくて、心地よい。雨にもあたらないから最高だ。楚愛はしばらく、雨降る空を無心むしんにみていた。

 空に手をのばす。空から降る雨たちは、球体へと変わっていった。


 そのころ、教室では、担任の棚橋たなはし先生が入ってきていた。

 先生は、楚愛がいないことを不審ふしんに思った。

「あれ、淡辺あわべさんは」

「それが……朝はいたんですけど、さっき出ていったきり帰ってきません」

 義洋が言った。

「……なにか、トラブルでも?」

「よくわかんないですけど、……ぼくさがしてきます」

「私も探してみるわ」

 義洋と先生は、楚愛を探すため、教室をあとにした。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る