甘い日々

 楚愛そあは、学校から帰ってきてから、またいつものように水の球体に目をとおす。


 楚愛の目と鼻の先には、義洋ぎようがいた。友達とたむろって話していた。

 彼には、楚愛をひきよせる何かの仕組しくみがそなわっているのだろう。彼をみるたびに、楚愛は彼のもとにひきよせられるのだ。だが楚愛は、彼の友達がたむろする空間の五歩ていど手前てまえでとまった。彼らがいなければもっと進んだだろう。これでよかったと思った。

 楚愛は、義洋に気づかれないようにとひっそりとたたずむ。ところが、なぜかいつも気づかれてしまう。このときも楚愛の存在に気がついた。そして、楚愛に向かってほがらかにほほえんだ。楚愛の胸の奥の奥がじわじわと急激きゅうげきねっせられるのがわかった。そのみを目当めあてに楚愛は義洋にひきよせられるのかもしれない。


 先程さきほどの授業で、楚愛は思わぬ失敗しっぱいをしてしまった。黒いぐろぐろとしたかたまりが胸の奥の奥で発生はっせいしていた。楚愛は、前を向くことができなくなってしまった。

「気にしんでもいいのに」

「……私は、ほんとにダメなので」

「楚愛ちゃん」

 義洋は少しあきれてしまっていた。

「君にはいつも前を向いててほしいな」

 義洋はそう言うが、楚愛は首をよこった。

「前を向いたって、どうせみじめな……」

 ぐいっ、と突然とつぜん顔をもちあげられた。

 その強引ごういんさにちょっとびびってしまった。同時どうじしんの動きがよりはやさをした。

「そんなに下向いてばっかりいたら、かわいい君の顔がみれないじゃん」

 ひやーーーー! 心の動きが急激きゅうげき爆増ばくぞうし、こみあがる灼熱しゃくねつのマグマがきあがった。もう、楚愛の内側うちがわはやけどをったりけてしまったりと大変たいへんだった。


 今でもこうやって思い出すと、当時とうじの熱がよみがえってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る