片思い

 家に帰ってからも、楚愛そあはまだ信じられなかった。机に向かって、球体をだした。そこには、楚愛が恋がれる彼、義洋ぎようがうつしだされていた。

 楚愛は、彼との出会いの場面を頭の中に球体にうつしだしていた。


 おだやかな陽気ようき心地ここちよい季節きせつ。はじまりの季節。楚愛は、いままでとはまったくちがう未知みちなる世界に足をふみいれた。未知なる世界は、なにがおこるかわからなくて、ずっとびくびくおびえていた。楚愛はまた、これまでと同じになるのではないかと胸の奥を痛めた。

 それをやぶったのが、前の席の義洋だった。彼は、誰も目につかないような自分をみつけ、話しかけてきた。

「はじめまして、俺は辰己たつみ義洋ぎよう。君の名前は」

淡辺あわべ楚愛そあです」

「楚愛ちゃん。かわいい名前だね」

「は、……えっと、……ど、どんな…字、漢字書くんですか」

「タツは、たつ年の辰で、ミは、おのれで、ギは正義せいぎの義。ヨウは、太平洋の洋」

「あ、ありがとうございます。私は、さんずいに火ふたつのあわで、ソ、うえに木ふたつでサダめる? で楚、で愛」

「へー、よろしくね」

「よろしくおねがいします」

「あと、同級生なんだし、敬語けいご使わんくってもいいよ」

「あ、はい」

 楚愛は、義洋の素敵すてきな顔立ちや優しさにほんのりとかれはじめた。それが、すくすくとそだっていって、大きな実をつけた。


 彼は、スポーツも万能ばんのうだ。授業が終わり、楚愛は下校する。そのとき、体育館からきこえる威勢いせいの良い足音にかたをたたかれ、そちらをみた。体育館のとびら中途ちゅうと半端はんぱにあいていた。その向こうには、義洋がいた。彼は、バスケをやっていると言っていた。ただ、実際じっさいにその姿すがたをみるのははじめてだ。普段ふだんの姿とはちがって、だぼっとした服装ふくそうで、スポーティな姿になっていた。

 そんな義洋に目をうばわれ、体育館の入り口から目をはなすことができない。ずっとそこに視線しせんをおいていた。

 知らず知らずのうちに楚愛から、かたちをとらえることのできない超音波ちょうおんぱはっせられて、それを彼がけとったのか、彼はこちらを向いた。

 かん一髪いっぱつで、彼と目があうのをさけられたが彼に自分の姿をとらえられてしまった。楚愛は、さっさと歩いた。が、

「あー! 楚愛ちゃん!」

 義洋は、大きな声で言った。当然まわりの人たちも反応はんのうする。「え、だれ?」「お前の恋人?」 

せきちかいんだ。んで、よくしゃべる」

「ほぉ」

 彼は楚愛に元気よく手をった。彼が無邪気むじゃきなのは間違まちがいないが、楚愛は最悪さいあくだ。お世辞せじ笑いで小さく手を振ったあと、すぐに退散たいさんした。しかし、楚愛のむねおくは、ぽかぽかとあたたかい。

 

 そのあと、楚愛は高校の図書館に行った。そして読書をして、長い時を過ごした。

 そんな楚愛の背後はいごには、人影ひとかげが、彼女にせまっていた。それはもちろん、義洋だ。

 ゆっくり彼女に迫っていき、彼女の両肩に手をおいて、右側にはあごをのせた。

「ひゃあっ」と楚愛はかすかに声をもらした。

「やあ、楚愛ちゃん」

 楚愛は、おびえたえた目で義洋をみた。義洋は笑った。

「そんな、妖怪ようかいでもみるような目で俺をみないで」

「あ、ごめん」

「大丈夫。もう終わりし、帰ろう」

「…うん、いいよ」

 二人は、途中まで一緒に歩いた。

 

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