第109話 誘拐犯

 人を縫うように走るテオを追いかけ、入り組んだ細い路地を抜けると、もくもくと黒い煙を上げている2階建ての建物に着いた。


 建物の屋根や石壁があちこち崩れていて、飛び散った板が燃えている。


「ここか! うおっ、半壊しているな……」

「うん……。建物の中が丸見えだよ……」


 あっ! タロウだ! 建物正面の入口っぽい所で手を振って……こっちを見て笑っている……。


「お~い! テオ、アリス、ここだよ! ハハ、来てくれたんだ!」


 タロウに駆け寄ると、何とも言えない気持ちが……込み上げて……うぐっ。


「タロウ! 無事か!?」

「うん! テオ、大丈夫だよ!」


 良かった……。タロウの顔と元気そうな声を聞いたからか……力が抜けて、タロウがぼやけてきた……グスッ。


「うぅ……タロウ……怪我してない? ヒック……」

「う、うん……アリス、何とも無い。大丈夫だよ」


 タロウに大丈夫だと言われたけど、抱き着いて『ヒール』と『クリーン』を掛けた。『聖魔法』も掛けよう……うぅ、無事で良かったぁ~。


「アリス、本当に大丈夫だから……」


 タロウが私の頭をポンポンと優しく叩く……子供扱いしないで。うぐっ、どれだけ……心配したと思っているの~!


「アリス、タロウは無事だぞ! だから、もう泣くな……。で、タロウ、この足元の奴らが誘拐犯か?」


 ぐっ……テオも私の頭を撫で始めた。反対の手で、タロウの足元近くにある焦げた塊を指差しているけど、それは……崩れ落ちた建物の瓦礫じゃないの?


「えっ、それ……誘拐犯なの!? グスッ」


 瓦礫だと思っていた焦げた塊は、よく見ると……冒険者風の装備が焼け焦げた人間が1、2……5人? 積み重なっている……。


「動かないけど……タロウ?」

「アリス、生きているよ……」


 『雷魔法』を撃って『スリープ』を掛けたと言うタロウに、テオが誘拐犯に息がなくても問題ないぞと言う。ええ!? ダメでしょう……。


「こいつらの中の1人に、自家製ポーションの説明をして欲しいって言われて、話そうとしたら後ろから手が伸びて来て……布で口をふさがれたのまでは覚えているんだ」

「えっ……」


 ポーションや薬を買いに来たお客さんには警戒しないよね。


「そうか、タロウは薬を嗅がされたんだな……」


「うん。テオ、そうだと思う。気が付いたら両手に手枷てかせがしてあって、足も縄で縛られていたんだ。『風魔法』で縄を切ろうと思ったら魔法が使えなくて……」


 やっぱり、魔法が使えなかったんだ……。


 タロウは、シャツの中に隠していたアイテムバッグから短剣を出して、足の縄を切った後、時間は掛かったけど短剣を使って手枷を壊したそう。テオがアイテムバッグを取り上げられなくて良かったなって言っている。


「タロウ、それ……腕ごとアイテムバッグ入れて、手枷だけをバッグに収納できない? アイテムバッグって、魔力を使わなくても使えるから、普通に手枷をバッグに入れるって思えば出来るんじゃないのかな?」


「えっ、アイテムバッグに……」

「う~む、出来そうだな……」


 タロウが壊した手枷を持っていたみたいで、テオと試している。アイテムを拾って、バッグに収納するのと同じだと思うよ。


「あっ! アリス、出来たよ! あんなに頑張って手枷を壊したのに……」

「おっ、出来たな! タロウ、次からは手枷ごとアイテムバッグに突っ込むと良いぞ!」


 テオ……誘拐なんてもう起きて欲しくないよ。


「うん、覚えておく……」


 タロウがちょっと悔しそうに言った。


 間もなく、火事の騒ぎで警備兵が来たので、テオが昨日『テオの薬屋』で起きた誘拐の犯人だと言って、ボロボロの誘拐犯達を引き渡した。


 警備兵の詰所で話を聞かれていたら、エリオット様がアルバート様と私服のロペス様を連れて来た。その直ぐ後ろにリアム様までいる。


「私は、第一騎士団副隊長エリオット・フィリップスだ。『テオの薬屋』のタロウが見つかったと知らせを受けた。先ず、タロウの安否と詳しい話を聞きたい。その後、誘拐犯の身柄は第一騎士団が預かる」


 警備兵と話をしようとしたエリオット様に、リアム様が声を掛けた。


「エリオット副隊長、私がタロウの後ろ盾になる予定ですから、私もタロウの誘拐の詳細を伺っても宜しいですか? ああ、誘拐犯はお譲りしますよ。その代わり、うちの研究員が開発した薬を試して頂きたいのですが、よろしいですか?」


「何? リアム副団長がタロウの後ろ盾に……」

「魔術団の研究員が開発した薬……」

「リアム副団長が譲るだって……」


 エリオット様達が驚いた顔をしている。


「ええ、そうです」


 タロウが誘拐されたことを(エリオット様にはテオが知らせたけど)どうしてリアム様が知っているんだろう? って、不思議に思っていたら、タロウが私の関係者だと知った警備兵が、宮廷魔術団に知らせたそうです。


「今回は、気の利いた方が知らせてくれましたが、タロウのこともアリスと同様に各所に通知を回した方が良いかも知れませんね」


 リアム様がみんなに聞こえるように言っている。


「えっ、リアム副団長はタロウが……。テオ殿から『あの話』を聞いているのですか?」


 エリオット様が言葉をにごしながら言うと、リアム様がエリオット様の顔を見据えた。


「……エリオット副隊長、『』とはでしょうか? フム、エリオット副隊長、テオ殿、全て話してもらいましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る