第108話 タロウが(7の月~)

 ◇◇

 翌日の風の曜日、学園から帰ってくると、店でテオと警備兵さんの2人が険しい顔をして何か話している。


 店の棚に並べてあった薬が床に落ちていて、テーブルや椅子が乱れている……えっ、何かあったの?


 あれ? 今日はテオが魔力草を採りに行って、タロウが留守番していたはずなのに……。


「テオ……」


 店に入って、テオに「どうして店の中が散らかっているの? タロウは?」って、聞きたいのに言葉が出て来ない……。


「アリス……。警備兵と話があるから、ちょっと待ってくれ」

「うん……」


 テオはそう言って、また警備兵さん達と話し出したので、じっと……話している内容を聞いた。


「近所の人が、何か見ているかもしれませんね。テオさん、今から周辺で聞いてみます」


「はい……何か分かったことがあれば知らせてください。お願いします」


 テオは警備兵さん達を見送った後、店を閉めた。肩で大きく息をして、こっちに振り向いたテオの顔は険しいままで……私の前まで来ると、ゆっくり話し出した。


「アリス……落ち着いて聞いてくれ。俺が薬草を採りに行って戻って来たら、店がこの状態でタロウがいなかった。だから、警備兵を呼んだ……」


「えっ……、タロウがいなかったの?」


 どうして……タロウが<迷い人>だからさらわれた? でも、タロウが<迷い人>だってバレるはずないよね……テオも私も誰にも言ってないし、エリオット様だって誰かに話すはずがない。それに、<迷い人>はどこの国でも保護されるって……。


「たぶん、スタンピードの時、『雷魔法』を使うタロウを見て噂になったんだろう。珍しい『雷魔法』を使う子供がいるってな……」


「あっ、魔力の強い子供を狙う誘拐犯……」


 あの時の誘拐犯は捕まったけど、隣国の商人が捕まったって聞いてない。今、街にはあちこちから多くの人が来て……商人がまた誘拐犯を送り込んで来た?


「ああ、だと思う。明日、エリオット殿に知らせる」


 エリオット様に……タロウを探すのを手伝ってくれるかな?


「うん……。テオ、私は何をすればいい?」

「アリス……先ずは一緒に店を片付けようか」

「分かった……」



 店の片付けを終わらせると、外はもう日が暮れていた。台所でテオと食事をするけどパンが喉を通らない。


 タロウ……。タロウは強いのに……誘拐犯から逃げられなかったの? 犯人が複数人いて、抵抗出来なかったとか?


 もし、タロウが怪我をしていたらどうしよう……あっ、自分の『回復魔法』で治せるか。でも、それなら……魔法が使えるなら誘拐犯を倒して帰って来るよね。タロウは剣だって強いから……。


「アリス、食べ終わったらタロウを探しに行こう。家でじっとなんかしてられん!」

「うん……テオ、行く!」


 暗い夜道を、テオと住民エリアの奥へ入って行く。奥に行くほど街灯がなくて、民家の窓から少しだけ灯りが見える。


 暗くて細い道をテオとゆっくり歩きながら周りに意識を集中する……変な気配がないか、タロウの気配がないか探した。



 ◇◇

 翌日は学園を休んだ。タロウが誘拐されたのに、学園で勉強なんてしていられない。


 テオは、私を休ませることを学園に連絡しに行って、その後、エリオット様のお屋敷に行くって言っているけど、出掛ける前に注意された。


「アリス、1人で店から出るなよ」

「えっ……どうして? タロウを探しに行かないと!」

「気持ちは良く分かる。だがな、アリス……」


 今、この街には誘拐犯がいる。腕の立つタロウでも攫われたんだから、私が1人でウロウロしたら簡単に誘拐されるって言われた……うっ、何も言い返せない。


「俺が戻ったらタロウを探しに行こう。それまで、店に鍵を掛けて待っていてくれ。なっ、アリス」


 テオが優しく言う。


「うん……分かった。いってらっしゃい、テオ」


 テオが出掛けて1人になると、タロウが気になって仕方がない。気を紛らわせないと……そうだ、新作のサンドパンを考えよう。


 思い浮かんだのを試しに作って、タロウが帰って来たら食べてもらおう……それでね、タロウに『アリス、旨い!』って言ってもらうの……。


 ◇

 昼頃、テオが帰って来た。


「アリス、エリオット様がタロウを探しに人を手配してくれるそうだ。それと、詰所で話を聞いて来たぞ!」


「エリオット様が……。詰所……テオ、何か分かった?」


 テオは、エリオット様の屋敷からの帰りに、警備兵の詰所で捜査の状況を聞いて来たそう。


「この店から、大きな麻袋を担いで出て来た冒険者風の奴らが2人いたそうだ。店の外にいた奴と一緒になって、近くに待たせていた馬車に乗り込んで、西の大通りに向かったそうだ」


 誘拐犯は、実行犯の2人と見張り、馬車の御者を入れたら最低4人かと、テオが眉間にしわを寄せながら話す。


「警備兵が言うには、昨日、昼から西門と東門を出た馬車はなくて、北門を出た馬車はダンジョン行きの辻馬車だけだと言っていたから、まだ街から出ていないと思うんだが……」


「タロウは麻袋に入れられたの? タロウは、武器も魔法も使えなかったのかな……」


「ウ~ム。魔法か薬で眠らされたか、魔法が使えなくなる魔道具を使われたのかもな……」


 そんな魔道具があるの……。


「テオ……タロウを探しに行こう」

「ああ、今から行こう。アリス、商業エリアに行くぞ」

「うん」


 <王都リッヒ>には、東西南北の門を結ぶように大通りがあって、東西の門を結ぶ大通りから南側の全てが貴族エリア。街の北東が住民エリアで、北西に商業エリアがあって、街は大きく3つに分かれている。


 『テオの薬屋』があるのは、住民エリアの真ん中辺り。ここから西にある大通りを越えて、テオと私は商業エリアに入って行く。


 大通りから中に入ってもお店が並んでいて、奥に行くほど段々と道が入り組んで狭くなっている。倉庫みたいな建物や民家もあるけど、人通りが少なくなってきた。


 注意深く周りを見ながら歩いていると、ちょっと変な臭いがして来た。


「アリス、なんか焦げ臭いな」

「うん……誰か、ゴミでも燃やしているのかな?」


 臭いに気を取られたので、周りの気配に意識を集中させようとしたら、突然、爆発音がした。


 ビリビリ……ドッカ――ン!!


 えっ、あれは……!? テオと顔を見合わせた。


「あれはタロウか!?」

「……タロウの『雷魔法』だよね!?」


 音がした方を見ると、黒い煙がもくもくと立ち上がっていて、煙の中を光がつらぬいた――雷だ!


 ビリビリビリ! ドッカ――ン!!


「アリス、付いて来い!」

「うん!」


 走り出したテオの後ろを、身体強化を掛けて付いて行く。


 雷の音を聞いたのか、店や建物から人が出て来た。ガヤガヤと騒ぐ人や狭い道の真ん中で煙を見つけて指をさす人もいる……ぶつかりそう。

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