第71話 初めてのダンジョン②

 ほろの付いた馬車に乗ると、左右に木の長椅子があって、冒険者が何人か座っている。大人が10人くらい座れるかな? 端っこに3人並んで座った。


 テオにダンジョンまでの馬車代を聞くと、片道で銀貨1枚もするんだって。


「ダンジョンまで歩くと、かなり時間が掛かるから辻馬車を使うんだ。時間が勿体ないからな」


 テオは往復の馬車代以上を稼げば良いだけだと言う。


「テオ、もっと早く起きた方が良かったんじゃないの?」

「今日は、アリスもタロウも初めてのダンジョンだから、様子見で良いんだ」


 ん? 隣でタロウが、なんか難しい顔をして両手で何か数えている。


「……ランクDの魔石は銀貨1枚で買い取ってくれるから、ランクDの魔石を6個以上。ランクEの魔石だと1個銅貨2枚だから……えっと、30個以上かな」


 タロウ、魔石で3人分の辻馬車代金を計算したの? それだと……ドロップ率を考えると、3倍の魔物を倒さないと集められないからランクEの魔物を……えっ、90体とか無理! 


 まぁ、魔石以外にもアイテムが出るだろうから、それ程倒さなくてもいいと思うけど……ランクEの魔物より、ランクDの魔物を倒そうってことだね。


「分かった。タロウ、頑張ろうね!」

「うん!」


 馬車が出発するのを待っている間に、テオにダンジョンでのルールを確認した。


 ①ダンジョンの中で、他の冒険者パーティーと出くわしてもスルーする。

(良い奴ばかりじゃない。声を掛けられたらテオが相手をする)

 ②他のパーティーが狩っている獲物には手を出さない。

(助けを求められたらテオが判断する)

 ③走っているパーティーには近寄るな。避けろ。

(魔物に追われている可能性があって、魔物をなすりつけられることがある)

 ④リーダーの指示に従う。


 これって、ダンジョンの中で他のパーティーを見たら気を付けろ。って、ことだよね?


「他にもあるが、その都度言うからな」

「「はい」」


 出発する時間になったみたいで、御者さんの声を合図に馬車がゆっくり動き出した。



 北門を出ると広い草原になっていて、馬車はダンジョンのある森を目指して、街道を真っ直ぐ北へ進んで行く。


 ん~、ワイバーン討伐の時に乗ったレオおじいちゃんの馬車とは、乗り心地が全然違う……ガタン! と音がするとタロウと私のお尻が浮いた。


「「!」」


 最初はびっくりして、2人で顔を見合わせて笑っていたけど、段々……痛くなって来た。タロウの眉毛の間にシワが見える……これは痛いよね~。


 テオや周りの人はみんな無表情だけど痛くないの? 慣れたのかな? これは……お尻の下に敷く柔らかい布みたいなのがいるよ。あれだ……エリオット様のお屋敷で、応接室のソファーにあった四角い枕みたいなクッションだったかな? あれを買いに行こう。


 痛いな……。何かクッションの代わりになる物がないかと、バッグに手を入れたけど思いつく物がない。あっ、誕生日プレゼントにもらったフワフワのドレスを丸めて……ダメだよね。


「そろそろ着くぞ」


 テオの声に顔を上げると、馬車の外が少し薄暗い。前方を見ると木々が見えて……森に入ったんだ。やっと、お尻の痛さから解放される!


 開けた場所が見えてきて、奥に切り立った岩山に洞窟が見える。前は夜だったから怖い感じがしたけど、周りが明るいから雰囲気が違うな。


 馬車から降りて洞窟前に来た。入口は広くて、大人が3人並んでも余裕で歩けそう。あっ、身体強化を掛けておこう――スキル『身体強化B』を持っているけど、『D』くらいでいいかな。


「ここがリッヒダンジョン……」


 タロウは緊張しているのか、背筋がピンと伸びて凄く姿勢が良い。ふふ。


「今日は5階位まで行って引き返すからな」

「うん、分かった」

「テオ、10階のワープまで行かないの? 俺、地図を買ったよ」


 タロウはギルドにある資料室で、ここのダンジョンに出て来る魔物の種類やドロップするアイテムを調べて、ダンジョンの地図も買ったんだって。


「タロウ、最初から無理はしない。2~3回様子を見て、行けそうなら10階のワープ・クリスタルまで行く」

「分かった」


 私も地図を買った方がいいかな? 前の時に10階のワープを通したけど、エリオット様の後ろをついて行った(途中からロペス様に背負ってもらった)だけなので、道とか全く覚えていない……うん、帰りにギルドで買おう。


 ダンジョンに入ると、壁や天井てんじょうはむき出しの岩肌で少し薄暗い……灯りがいる程ではないけどね。


「テオ、洞窟の中なのに何で真っ暗じゃないの?」


 タロウの世界にも洞窟はあるけど、中は真っ暗で灯りがないと進めないんだって。


「ああ、こっちでも普通の洞窟は真っ暗だが、ダンジョンは魔素の影響で灯りが無くても進めると言われている。だが、ダンジョンによっては暗い階層もあるから、灯りが付く魔道具は持っていた方がいいな」


「「魔素……」魔道具……松明たいまつじゃないんだ」


 ダンジョンによってそれぞれ違うから、必ずギルドで下調べしてからダンジョンに入るように言われた。


「俺、10階まで調べたよ」

「……私は授業で習った程度かな」


 うぅ、私もギルドの資料室で調べた方が良かったな。


 ダンジョンの中を、2階へ下りる階段に向かって進んでいるけど、誰にも会わないし魔物も出て来ない。


「魔物がいない……」

「うん。タロウ、いないね」

「この時間だと、階段までの最短ルートにいた魔物は、新人の冒険者達に狩られているだろう」


 ある程度狩りが出来るようになったら、先に10階のワープを通して、8か9階辺りで狩りをすると効率が良いんだって。


「あっ!」


 タロウが何か見つけた――ダンジョンに入って初めて遭遇した魔物はスライムだった。


「テオ、外にいるスライムと変わらないね」

「ああ、そうだな。他の国には色が違うスライムもいるそうだぞ」


 街の近くや<大森林>で見るスライムは黄緑だけど、西の国<ナルク王国>では、海に近いダンジョンに水色のスライムがいるんだって。


 そう言えば、魔物の研究サークルや授業で、ダンジョンによって同じ魔物でも攻撃やドロップアイテムが違うって聞いたけど、色も違ったりするんだ。


「へえ~、ダンジョンによって色が違うのか。このスライムは俺がやる!」


 そう言ってタロウが前に出て『火魔法』を撃った。


「『火』、行け!」


 タロウも私と同じで、無詠唱で魔法を撃つと思っていたけど、『火』とか『風』って属性を言葉に出すの。詠唱とは言えない気もするけど……タロウが魔法に慣れたら、無詠唱で魔法を撃てるようになるんじゃないかな~。


 コロン……


 あっ、倒したスライムが……ええっー!


「おっ! タロウ、ツイてるな。スライムがポーションを落としたぞ!」

「やったー! スライムのレアアイテムだ!」

「レア……アイテム。す、凄いね……」


 授業で『魔物が、まれに落とす貴重なアイテムのことをレアアイテムと言う』って、教えられた。滅多に落とさないって先生が言っていたのに……いきなり出たよ! タロウの幸運が『A』だから?


 ダンジョン産ポーションは、冒険者ギルドでの買取り価格が銀貨3枚だから、タロウからポーションを銀貨3枚で買って、店で売ろう! ダンジョン産ポーションの店売りは、銀貨5枚って決まっているからね。ふふ。


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