第53話 遠征⑩ 干し肉

 今から、休憩を兼ねて先に昼食を取ることになった。解体はその後から始めるそうです。


 もう太陽が真上にあるから、ドラゴンの解体が終わるのは夜になりそう。後処理は……宮廷魔術師のみなさんは、魔力を使い果たしているだろうから明日になるなと思っていたら、


「ドラゴンは、血から内臓まで全てを薬や研究で使うんです。捨てる所なんてないんですが、全部を解体するのに時間が掛かりそうなので、今夜はここで野営することになりました」


 と、ハロルドさんが言ってきた。へえ~、ドラゴンの肉や鱗の一部は売るけど、捨てる所はないのか。


 先に野営の準備をして、お昼を食べることになったけど、倒したばかりのドラゴンの肉が振舞われたのでみんな喜んでいる。ふふ、ギーレン副隊長とレオおじいちゃんに感謝しないとね!


「ドラゴンの肉なんて初めてだ! これは……ヤバイ! ハロルドさん、旨過ぎるな!」

「ええ、テオさん、ワイバーンの肉も初めてでしたが、ドラゴンの肉なんて一生に一度食べられるかどうか……。一生の思い出になりますね! 本当に美味しいですよ~」


 うんうん、美味し過ぎる~!


 何年か前に、他国でドラゴンが出たと言う噂はあったそうだけど、<リッヒ王国>でドラゴンが現れたのは100年以上前だって。


 その時の記録が今でも残っていて、学園で騎士科・魔術科の3年になったら学ぶとハロルドさんが教えてくれた。ちなみに、ドラゴンの肉は、他の魔物の肉に比べて日持ちがするんだって。


「あんなに堅かったドラゴンの鱗の中は……こんなにも柔らかいのか!」

「テオさん、本当に美味しいですね……」

「ああ、旨め~な……」


 肉の感想を言い合っていたテオとハロルドさんは黙り込んでしまい、ひたすら……黙々とドラゴンの肉にかぶり付いている。ふふ、そうなるよね。


 ワイバーンの肉は少し癖があったけど、ドラゴンの肉には変な癖はなく、脂がのっていて噛むたびに肉汁が溢れ出してくる。その脂には甘味があって、初めて食べる肉だから良く焼いたのに……柔らかいなんて、どういうこと!?


「剣を突き刺しても弾き返されたのに……何て柔らかい肉なんだ!」「生きてドラゴンの肉にありつけるとは! 最高だな!」「「旨過ぎる!」」


 あちこちでドラゴンの肉が旨いとたたえる声に、「うんうん」と頷いてしまう。ふふ。


「ねえ、テオ。騎士団が余ったドラゴンの肉をギルドに売りに行くなら買い占めたい! 全部なんて贅沢は言わないけど、半分……ダメかな?」

「ハハッ! アリス、半分でも贅沢だぞ? だが、賛成だ!」


 <リッヒ王国>では、100年ぶりのドラゴンだよ? もう生きている間にドラゴンは現れないかも。つまり、二度とこの美味しいドラゴンの肉を食べることが出来ないかも知れない……この肉を買い占める為なら白金貨を出しても惜しくない! バッグで使われることなく眠っている白金貨も喜ぶと思うよ!


 ハロルドさんが、いくら日持ちがすると言っても腐りますよと言うから、食べきれない肉はワイバーンみたいに干し肉を作りますと答えた。勿論、干し肉は見せかけです。ふふふ。


「えっ、ドラゴンの肉で干し肉を……旨味が凝縮されるんですよね。ワイバーンの干し肉みたいに……ジュルッ」

「旨そうだな……ドラゴンの干し肉」


 ハロルドさんが涎を垂らしそうになり、テオは肉を見つめている……二人には魅力的な提案だったみたい。ふふ。


 食後、レオおじいちゃんとリアム様が、いつものようにお茶を飲みに来た。テオは、レオおじいちゃんに、ドラゴンの肉で干し肉を作るから余った肉を売って欲しい、皆にも出来た干し肉を配りたいから多めに売ってくれと頼んでくれた。


「全員に? わしとリアムの分だけでよかろう?」


 レオおじいちゃん……。


「マルティネス様、騎士団にも渡すと言えば多めに譲ってくれるでしょう。干し肉は携帯食になりますからね。アリスにはマジックポーションを分けて頂きましたし、私が交渉してきます」

「うむ。リアム、任せたぞ」


 えっ、リアム様が? ありがとうございます。


 リアム様はお茶を飲み終えると、直ぐにギーレン副隊長の元へ交渉しに行ってくれた。その様子をチラチラ見る――


 リアム様に話し掛けられたギーレン副隊長の顔が、段々と難しい顔に……お互い何か言い合っている。考え込んで腕を組むギーレン副隊長に、リアム様はバッグから何かを取り出して渡した。それを一口食べたギーレン副隊長の顔が、パッと驚いた顔になって、こっちを見て頷いている。


 昨日、レオおじいちゃんとリアム様に渡したワイバーンの干し肉を食べたのかな? 何を言いたいのか分からないけど、『肉を売ってください!』と願いを込めて……笑顔で手を振る。



 リアム様が戻って来て、レオおじいちゃんに交渉が成立しましたと話し始めた。


「マルティネス様、無料でドラゴンのモモ肉と肩肉を譲ってもらうことになりました。半分はアリスの取り分で、残りの半分を干し肉にして、その一部を討伐部隊全員に配ることになりました」


 えっ、ドラゴンのモモ肉と肩肉を半分! 半分でもかなりの量がある……無料でいいんですか?


「ほお~。それだけの量を無料とは、ギーレン副隊長は太っ腹だな」

「いえ、渋っていましたので、アリスの回復魔法とマジックポーションが無ければ部隊は全滅していた。私達、討伐部隊の命はドラゴンの肉より価値が低いのですかと詰め寄ると、降参しましたよ。フフ」


 私は離れた所から『ヒール』を飛ばしただけで、そんなに貢献したとは思っていないけど……リアム様に詰め寄られたら、怖くて何でも頷いてしまうかもね。


「そうじゃ。アリスがいなければ、ポーションもMPも足りず、ドラゴンを倒すことは出来んかったじゃろう」


 う~ん、ポーションやマジックポーションがあっても、レオおじいちゃんの魔法がなければ倒せなかったと思いますよ。


「ええ。止めにワイバーンの干し肉を味見させ、これと同等、もしくはこれ以上の美味しいドラゴンの干し肉を携帯食に出来ると言えば、ギーレン副隊長は陥落しましたよ。フフフ」


 あ~、あの時か。


「リアム、良くやった!」

「フフ、お褒めの言葉、ありがとうございます。私が、肉を全て買い取っても良かったのですが、市場にも流さないと苦情が出るでしょうからね……悩みましたが、モモ肉と肩肉を譲ってもらうことで我慢しました」


 倒れたドラゴンを見たけど、片側のモモ肉と肩肉だけでも荷馬車2台分くらいの肉の量があるんじゃないかな~。それを干し肉に……うわぁ~、時間が掛かりそう。見せかけに、少しだけ干し肉を作るつもりだったのに……。


「テオ……手伝ってね」

「おう! 肉を切るのは任せろ」


 ハロルドさんはドラゴンの解体に加わるから、手伝って欲しいとは言えないな。


 昼食後、ハロルドさんが、補佐の騎士様にドラゴンのモモ肉と肩肉から解体して欲しいと言ってくれた。助かります。


 テオが手伝ってくれたお陰で、ドラゴンの解体が全て終わる頃には、半分ほどの干し肉が完成した。バッグに入っていた調味料をほとんど使い切ってしまったから、残りは<トロム>の街で調味料を買ってからだね。


 出来上がったドラゴンの干し肉を、補佐の騎士様から渡された50枚ほどの布袋に詰めていく……袋、足りるかな?


「テオ、手伝ってくれてありがとね」

「おう! アリス、味見していいか?」

「うん。これ、テオの分。1袋渡しておくね」


 テオは干し肉が入った布袋を受け取ると、早速「旨い~~!」と唸りながら食べている。えっ、お酒? 飲んだらダメだよ。ふふ。


 明日の朝、レオおじいちゃんと副隊長さんに出来上がった干し肉を渡そう。もらった半分の肉は、適当な塊に切って生肉のままバッグに入れた。ふふ、これでいつでもドラゴンの肉が食べられる!



 辺りはとっくに日が暮れて、太陽が沈むと出て来る2つの月が、夜空に輝いていた。今日は大変だったな……今夜はぐっすり眠れそう。

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