第52話 遠征⑨ ドラゴン3

 集中して魔法を詠唱しているルーカス様に、レオおじいちゃんとリアム様が大声を上げる。


「ムムー、小癪こしゃくなひよっこめ!」

「なっ、ルーカス! その魔法は!」


 他の宮廷魔術師が呆然とルーカス様を見る中、最前線にいる騎士様達がタイミングを見計らってドラゴンから離れる。今の間に、テオや騎士様達に『ヒール』を掛けておこう。間もなく、ルーカス様の最上位魔法の詠唱が完了して魔法が撃たれた。


ビュ――、ゴオッ――! ゴゴオッ――!!


『ギャアァァー!!』


 凄い……太い柱のような渦を巻いた――レオおじいちゃん程じゃないけど――『トルネード』が、ドラゴンの左脚に命中し、太い脚の半分に穴が開いた。立っていられなくなったドラゴンが、地面に崩れ落ち左の翼をバタバタさせ立ち上がろうともがく。


 フッと、満足げに微笑んだルーカス様の顔が、誰かに似ているような……。


「今だ! 首を狙えー!」


 ギーレン副隊長の声に、騎士様達が一斉に首を落とそうと剣を振り上げる。ドラゴンによじ登って、上から攻撃する騎士様の中にテオとハロルドさんが見えた。えっ、テオ……気を付けてよ。


「フン! ひよっこめ。アリスに良い所を見せよってからに……」


 レオおじいちゃんは、私が渡したマジックポーションを3本とも飲み干し、杖を掲げて叫んだ。


『お前達どけ! ドラゴンの首はわしがもらう! 『偉大なる風よ、我が魔力を……』』

「えっ、マルティネス様!? それは!」


 えっ、また最上位魔法? でも、詠唱がちょっと違うような……リアム様が慌ててドラゴンから離れるようにギーレン副隊長に声を掛け、マジックポーションを飲んで、レオおじいちゃんを追いかけるように詠唱を始めた。


『偉大なる風よ、鋭い刃となり……』


ヒュ~……


 風が……ドラゴンの首元に集まり、くるくると渦を巻き始めたのが見えた。


「不味い! 全員、今すぐドラゴンから離れろ!! マルティネス団長の魔法に巻き込まれるぞー! ムッ、リアム副団長もか! 皆、逃げろー!!」

『全員、今すぐ退避ー!! 急げ、急げー! 逃げ遅れたら死ぬぞーー!!』


 ギーレン副隊長が慌てて大声で指示を出し、補佐の騎士様も腕を振り回して大声で叫ぶ。その声を聞いて、騎士様達が急いでドラゴンから離れ、ドラゴンの上に乗っていたテオ達も慌てて飛び降りた。


ヒュ~~、ヒュ~~~


 直ぐに風の渦が、暴れるドラゴンの顔もろとも包み込み、空高く1本の太い竜巻が――今まで見た『トルネード』とは大きさが全然違う……『トルネード』じゃない?


 ビュ――、ゴオッ――!! ゴゴゴオオッ――!!!


『ギャア!! グゲッ……』


 ビュ――、ゴオッ――! ゴゴオッ――!!


 あっ、太い竜巻の真ん中を押し上げるようにもう1本の竜巻が生まれた!? ルーカス様より大きい竜巻……リアム様の『トルネード』だ。


 2本の竜巻がうねりながら合わさり、ドラゴンの首を締め上げるように竜巻が細くなって……ドラゴンの頭がカクンと垂れて動きが止まった。


「リアムめ。邪魔しおって……じゃが、ちと、魔力が足りんかったか?」


 ドラゴンが地面に崩れ落ちて、2本の合わさった竜巻がほどけるように消えた……竜巻が消えたドラゴンの首には、大きな丸い穴が開いていて皮一枚でつながっている。


「「「おおおおー!!」」「「「ドラゴンを倒したぞー!」」」


 一斉に歓声が上がった。嬉しそうにドラゴンによじ登る騎士様がいる。テオとハロルドさんまで……ふふ、みんな嬉しそうに騒いでいる。


 もう前に行っても良いよね? ドキドキしながらドラゴンに近寄ると、テオがドラゴンから駆け降りて来て私を抱き上げた。


「アリス! 『ヒール』ありがとな!」

「うん! テオ、お疲れさま!」


 返事をしながらテオに回復魔法と浄化魔法をかけると、それが分かったみたいで、テオが凄く嬉しそうな顔をする。


「テオ……恥ずかしいから下ろして」

「うん? あぁ……」


 テオ、名残惜しそうな顔をしないで、私はもう小さな子どもじゃないんだからね……嬉しいけど。


 ハロルドさんが来て、その歳で回復魔法が使えるなんてと褒めてくれる。ハロルドさんは私が回復魔法を使えるって知らなかったのね。


 レオおじいちゃんとリアム様も来た。「あのマジックポーションを作ったのはアリスじゃったか! 納得じゃ」と、ニコニコしながら頭を撫でられた。もう~、みんなして私を子供扱いするんだから~。ふふ。


「アリスから譲ってもらったマジックポーションを私も飲みましたが……素晴らしいMPの回復量です! アリス、このマジックポーションは売らないのですか? 是非、宮廷魔術団用に納品して欲しい」


 リアム様が、私が渡した淡い青紫色のマジックポーションを片手に真剣な顔をして聞いてくる。そのマジックポーションを見たテオが、代わりに答えてくれた。


「ああ……リアム殿、そのマジックポーションですが、多くは作れないんですよ。アリスは学園に行っているので時間もないですからね」


「特別なレシピなんですね……」


 いえ、違います。ポーションみたいに浄化魔法や聖魔法を使うけど、錬金術の本に載っている普通のレシピです。


 ただ……私が学園に通い出して、テオが店番をするようになったから薬草を採りに行く時間が少なくなったの。元々、見つけ難い魔力草が、ほとんど手に入らなくなったから、最近はマジックポーションを作ってないな。


「では、テオ殿、作れた分だけで結構です。マルティネス様と私に売って頂きたい。言い値で買いますので」


「言い値……分かりました! リアム殿、何時になるかお約束は出来ませんが、2本作れたらお渡しします」


 テオが嬉しそうに答えると、リアム様も笑顔で「ええ、それで構いません。よろしくお願いします」と手を出して、テオと握手をしている。2人とも良い笑顔……えっ、リアム様が微笑じゃなくて笑顔!? 貴重な瞬間だ。テオは、これから魔力草狙いで<大森林>に行くんだろうな。


「ところでリアム、さっきアリスから貰ったマジックポーションはいくつ残っているんじゃ?」


 レオおじいちゃんが、リアム様の持っているマジックポーションを物欲しそうに見ている。


「……これは、私がアリスから分けてもらったマジックポーションです。渡しませんよ」

「何ー! わしはドラゴンを倒す為に、泣く泣く3本とも飲んだのに……お前は、残ったアリスのマジックポーションは自分の物だと言うのか!」

「マルティネス様……研究中のあの魔法は、MPを350前後使いますが、400も消費しません。このマジックポーションなら、2本で十分足りましたよね? 何故、3本も飲んだんですか……」


 研究中の魔法? レオおじいちゃんは、あんな凄い魔法を研究しているんだ。


「うっ、止めを刺せなかった時の為の保険じゃ……リアムめ、細かいわ!」


 せっかくドラゴンを倒せて、みんな喜んでいるのに……「ケンカしないでくださいね」と言って、レオおじいちゃんに「これで最後ですよ」と、淡い青紫色のマジックポーションを1本渡した。これで残りは3本か……また作らないとね。


「おお! アリスは何て可愛いんじゃ~。わしと一緒に<トロム>の街で美味しい菓子を沢山買いに行こうかの~。約束じゃぞ」


 大喜びのレオおじいちゃんに抱きかかえられ、頬ずりされた。


「はい……」


 その様子を、離れた所からA・B班の宮廷魔術師様達が目を丸くして見ている。


「「あれは……」お気に入りじゃなくて」「ああ、溺愛している孫だな」


 そんな声が聞こえて来た……うっ、恥ずかしい。

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