第45話 遠征② トロムの街

「テオ、馬車が凄い勢いで走って来るよ」

「アリス、上を見ろ。ワイバーンだ!」

「えっ?」


 テオに言われて空を見ると、焦げ茶色の塊が見えた。あれがワイバーン……段々と近付いて来ると、翼の途中に手が見える。翼に手が付いている……それとも腕が翼になっているの? 凄く大きな……首の長い……下半身の太いトカゲだ。この馬車より大きいよ!


「A班、戦闘準備! B班は私と待機」

「「「はい!」」」


 リアム様の声を合図に、宮廷魔術師が乗る3頭の馬が、レオおじいちゃんの前に出て騎士団の方へ走って行った。リアム様も残りの魔術師3人を連れて、レオおじいちゃんの前に出る……宮廷魔術団は3人ずつA班とB班に分かれているんだ。


 砂煙を上げて走って来た馬車が、騎士団の間を通り過ぎる時に『騎士様! ワイバーンに追われています!』と叫んでいるのが聞こえた。


『後は引き受ける! 行けー!』


 ギーレン副隊長の声が聞こえた後、走って来た馬車があっと言う間に私達の馬車を走り抜けて行った。第二騎士団とA班の宮廷魔術師が馬から降りて、迫って来るワイバーンを待ち構えている。


『『『#%&*@……』』』


 ワイバーンの姿がはっきり見えると、A班が杖をワイバーンに向けて魔法の詠唱を始めたみたい。ここからだと詠唱が聞こえないけど、火魔法がワイバーンの翼めがけて撃たれたのが分かった。


『ギャー!』


 うわぁ! ワイバーンの両翼に火魔法が命中した。片側の翼が少し燃えたけど、ワイバーンが羽ばたくと炎は直ぐに消えてしまった。A班の宮廷魔術師が、慌てて魔法の詠唱をしようと杖を向けたけど間に合わず、ワイバーンは北の山へ飛んで行ってしまった。


「あっ、テオ……」

「ああ、逃げられたな」


 ワイバーンがいなくなったので、ハロルドさんが馬車をゆっくり進ませると、レオおじいちゃんの声が聞こえて来た。


「むぅ……ひよっこ共! 何故、片側ではなく両方の翼を狙ったんじゃ!?」


「「「も、申し訳ございません」」1発で撃ち抜けると……」


「愚か者めが!」


 A班の宮廷魔術師さん達は、ワイバーンの翼を撃ち抜くのは簡単だと思っていたみたいで、左右の翼に穴を開けて一気にワイバーンを落とすつもりだったとか……リアム様は指先で眉間の辺りを押さえている。


「リアム、お前の教育不足じゃ! こんなお粗末なものをアリスに見せることになるとは――情けない!」


 レオおじいちゃんがリアム様を睨んでいるけど、私の知らないことばかりだから全てが勉強になっていますよ。


「マルティネス様、申し訳ございません。A班、明日の朝一番に報告書を出すように」


「「「はい……」」」


 途中から低い声で話すリアム様……怒っているのが良く分かります。


 動かない的に命中させるのも難しいのに、飛んでいるワイバーンの翼に命中させるなんてもっと難しいと思う。それに、ワイバーンは確かランクAの強い魔物。


 ――ステータスの授業で、スキルのほとんどは『火魔法E』みたいに、EからAで表示されるって習ったけど、属性魔法1発でワイバーンの翼に穴を開けるには、ワイバーンのランクと同じスキルAは必要なのかな?


 レオおじいちゃんの魔法の威力なら、ワイバーンごと燃やしてしまいそうだけど、そうなると素材がダメになって勿体ないよね。やっぱり、ワイバーンを狩るには、翼に穴を開けて地面に落とすのが正解なのかな。


 リアム様が第二騎士団の副隊長の所に歩み寄った。ギーレン副隊長は濃い茶色の短髪に茶色の目、体格が良くてテオより年上に見える。


「ギーレン副隊長、こちらの不手際でワイバーンを逃がしてしまいました。申し訳ない」

「リアム殿、怪我人も出ていませんから問題ありません。それに、こちらも半分若手を連れて来ましたから、迷惑を掛けるかもしれません。お互い苦労しますな。ハハハ」

「そう言って頂けると助かります」


 若手? 第二騎士団も、経験を積ませるために新人の騎士様を連れて来たんだ。


 夜、野営の焚火で見張りの騎士さんが数人いるんだけど、その向かい側で難しい顔をした宮廷魔術師が3人、紙と睨めっこしている。あぁ、A班の……リアム様に出す報告書を書いているのね。


 ◇◇◇

 <王都リッヒ>を出て10日目の昼前、目的の街に着いた。高い外壁に囲まれた<トロム>の街に入ると、多くの人で賑わっている。近くにダンジョンがあるからか、見るからに冒険者風の人が多い。


「相変わらず<トロム>は賑わっているな!」

「テオ、来たことあるの?」

「ああ、ここで入った冒険者パーティーにサユリがいたんだ……」

「母さんが……」


 テオが10代の頃、この街の冒険者ギルドでメンバー募集のビラを見てパーティーに入ったんだって。そこに魔法使いの母さんがいて、パーティーで街の北山にあるダンジョンに入っていたそう。


「ここのギルドでは、ミノタウロスの肉を高値で買い取ってくれる依頼が多くてな、ミノタウロス狙いでダンジョンに入っていたんだ」

「えっ、ミノタウロス……」


 あの美味しい肉は、ここのダンジョンで手に入るんだ。


「ああ、ここのダンジョンにはオークとミノタウロスがいて、倒すと3~4割の確率で肉をドロップするから人気があるんだ」

「3割も……」


 <大森林>のスライムなんて、魔石を落とす確率は1割か2割だよ。ドロップって、魔物がアイテムを落とすことを言うんだよね。オークとミノタウロスの肉が手に入るなんて、トロムのダンジョンは最高だね!


 テオは、<トロム>のギルドで冒険者ランクBに上がったらしい。その後、しばらくしてパーティーは解散になったそう。


 討伐部隊は、今夜泊まる宿に向かう。


 ギーレン副隊長とレオおじいちゃんは、これから領主に会いに行って詳しい話を聞くそうです。レオおじいちゃんに、ワイバーンの討伐は明日からになるので、今日は宿でゆっくり休むように言われた。


 宿に着いて、割り当てられた部屋に入るとベッドが2つある広い部屋だった。特に荷物を出したりすることはないので、お昼を食べにテオと出掛けることにした。


「ハロルドさん、アリスと街を見て来ます」


 ハロルドさんも護衛なので付いて来ると言ったけど、テオが昼飯がてら街をブラブラしたいのでとお断りした。ハロルドさんも長旅で疲れているだろうし、テオが知っている街だから迷子になることもないからね。


 夕食は宿の食堂で用意してあると言われたので、夕方には戻って来ますと言って出かけた。


 冒険者ギルドの近くに、屋台が並ぶ広場があるそうで、お昼はそこで食べることにした。<トロム>の街は人通りが多いな。はぐれないようにテオの服をつかんでおこう。


「アリス、<トロム>の屋台にはミノタウロスの串焼きがあるぞ」

「えっ、それは食べないとね!」


 <王都リッヒ>には、ミノタウロスの串焼きを売っている屋台なんてない。肉の値段が高いし、なかなか手に入らないからね。


 広場に着くと、ミノタウロスの串焼きを売っている屋台が何軒かあった。ミノタウロスのスープ煮込みを売っている屋台もある……良い出汁が出てそう。


 ミノタウロスの串焼きの値段は、オークの串焼きの2倍で、串に付いているお肉の数がオークの串焼きより少ない。特製のタレを売りにしている屋台を何軒か回った。注文してから焼いて、塩だけ掛けた串焼きまで売っている。串にかぶり付くと……あっつ! 火傷しそうになったけど、頬っぺたが緩む。


「はぁ~、どれも美味しいね。屋台でミノタウロスの串焼きが食べられるなんて幸せ~!」

「ハハハ! アリス、旨いだろう? ここに来たら、ミノタウロスの肉を食べないとな! 値段は少し高いが、冒険者達はこれを食べる為にダンジョンに入って頑張るんだ。ふところに余裕がある時は、ミノタウロスの肉は自分達で食べて、オーク肉をギルドに売るんだ」

「それは良いね!」


 私のアイテムバッグだったら傷むことはないから、ギルドに売らずに全部バッグに入れておけるな。冒険者になったら、薬草だけじゃなく肉を獲りに行くのも良いな。ふふ。


「店がまだあるか分からんが、路地裏に絶品のミノタウロスのしぐれ煮を出す店があるんだ」

「何それ……テオ、今から食べに行こうよ」

「う~ん、夜だけやっている店なんだ。アリスが大人になってからな」


 その店の周りには、子供に見せるにはよろしくない店が並んでいるとか……テオ、連れて行けないんなら言わないでよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る