第21話 おかえりなさい

 ◇◇◇

 昼間でもストーブがいるほど寒くなって来た頃、市場で『騎士団が、ゴーレムの討伐が終わって帰って来る』という話を聞いた。


 <王都リッヒ>は真冬でも雪は降らないけど、ちゃんと冬の支度をしてないと凍えてしまう。


 冬になると、冒険者は狩りに行く回数が減るみたいで、薬草もダンジョン産ポーションも出回る数が少なくなるの。毎年のことなので薬屋は在庫を抱えるんだけど、今年は、ゴーレム討伐の為に騎士団がポーションを買い占めたから、どこの薬屋も在庫が少ないみたい。


 ポーションが手に入り難いから、冒険者は余計に狩りに行かなくなる……悪循環ってやつだね。そのせいか、裏通りにある小さな薬屋にまで傷薬を買いに来る人がいる。傷薬を作るにも薬草を少し使うからね。


 うちは、冬でもテオが薬草を採りに行ってくれるから、常連さんの分のポーションは確保している。


「アリス、行ってくる。夕方には帰って来るからな」

「は~い。テオ、行ってらっしゃい。あっ、昼ご飯の小箱、忘れないでね」

「おう! アリス、ありがとな~」


 この小箱は、冷たい風が出る木箱を参考にして、いつでも温かいシチューを食べられるようにテオと考えて作った。私のバッグにシチューを入れると温かいままだけど、テオのアイテムバッグだと冷めてしまうからね。


 生活魔法で温めることも考えたんだけど、テオには加減が難しくて、シチューのお皿を焦がしてしまうの。


 この木箱のフタには、火の魔法陣を描いて魔石を埋め込んでいる。使う魔石が大きいと木箱ごと燃えてしまうから難しかった~。テオに何度か使ってもらったけど、今の所、燃えてないから成功かな。



 カウンター横のストーブに薪をくべて、その上にシチューの入ったお鍋を置く。寒くなったので、お茶コーナーのメニューを変更しました。


 目玉焼きとチーズのサンドパンは残して、シチューを加えた。丸パンをくりぬいて、そこに日替わりのシチュー――今日はコカトリス肉のクリームシチューを入れるの。こぼれるから持ち帰りなしにしているけど、寒いから人気があります。


 果実水は出なくなったので、今はお茶だけ。注文が入ったら、魔法を使う所を見られたくないから台所に行ってお茶をいれる。水に回復魔法と聖魔法を掛けるからね。


 店を開けて、お客さんが来るまでの間、作業場で薬を作る。


 ガチャ、チリンチリン~


「いらっしゃいませ~」


 作業を止めて、店に行くとレオおじいちゃんだった。


「あっ、レオおじいちゃん! お帰りなさい~」

「フォフォ、アリスの茶が飲みたいんじゃ~。土産を買って来たから一緒に食べようかのぉ」


 ニコニコして言うけど、レオおじいちゃんは遊びに行ったんじゃないのに……おみやげって変なの。ふふふ。


「はい。今、お茶をいれますね」


 お茶を出すと、レオおじいちゃんが美味しそうに飲んでくれる。


「うむ。やっぱり、アリスのれてくれるお茶は旨いのぉ。ズズ……」


 おみやげは、デイル領特産のリンゴのお菓子だった。


 お菓子を食べながら、レオおじいちゃんがゴーレムの倒し方を分かりやすく教えてくれて、えっ! アイアンゴーレムなんて言う魔物もいるんだ……もしかしたら、魔物の本にのっていたかも知れないけど覚えてない。興味のないことは覚えられないよね~。でも、レオおじいちゃんの話が面白いから夢中になって聞いてしまう。ふふ。


 ガチャ、チリンチリン~


「いらっしゃいませ~」


「マルティネス様、見つけました! さあ、王宮に行きますよ」


 あっ、見送りの時にいた、シルバーの長い髪の……うるさい人が入って来た。


「リアムは五月蠅いの~。久しぶりのアリスのお茶を楽しんでおるのに、邪魔をするな」


 そうそう、リアム様って名前だった。


「マルティネス様、今日は、アンドレア王との謁見ですよ」

「わしは、腰が痛いから行かぬと言ったではないか!」


 えっ、レオおじいちゃん、腰が痛いの? 痛むなら早く言ってくれれば良いのに。直ぐにポーションを持ってきますと言うと、


「フォフォフォ、アリスは優しいのぉ。痛い振りをしているだけじゃから大丈夫じゃよ」


「「痛い振り……」」


 リアム様と声が重なった。


「そうじゃ、アリスに紹介しておこうかの。こやつはリアム・ガルシアと言うんじゃ」


 リアム・ガルシア様……青い瞳と目が合ったので、「アリスです。よろしくお願いします」と笑顔で挨拶をすると、「リアムです」と軽くうなずかれた。


「リアムよ、わしはゴーレムの討伐を頑張ったんじゃ。わしの仕事は終わったから後のことはお前に任せる」


「マルティネス様、王への報告も仕事ですよ……」


「報告など、わしがおらんでもお前1人で十分ではないか。仕方ないのぉ……リアム、座れ。アリス、すまんがお茶を1つ持って来ておくれ」


「はい。すぐに、お茶を持ってきますね」


 台所に行ってお茶をいれて、レオおじいちゃんが座るテーブルに置いた。


「リアム、今のお前に必要な物がここにある。にアリスのお茶を飲ませてやろう。特別じゃぞ!」


 そう言って、レオおじいちゃんはお茶をリアム様に渡した。ん~、そのお茶は普通のお茶ですよ。


「アリスのお茶はな、心が洗われるんじゃ」


 えっ、そんなスゴイお茶じゃないですよ。


「はぁ……マルティネス様」


 リアム様は、レオおじいちゃんの言葉に呆れた顔をしてお茶を一口飲んだ。


「これは……、そうですか……」


 リアム様は、私を見て何か言いたそうだったけど、何も言わずにお茶を一気に飲んで店を出て行った。


 店を出る時、チラッと私を見たのが気になった……魔法を掛けた水を使っているのが分かったのかな? 何も言わないから大丈夫だよね。


「レオおじいちゃんは、行かなくてもいいんですか?」


「いいんじゃよ。年寄りをこき使いよってからに。ズズズ……アリスが淹れるお茶は本当に旨いのぉ~」


「ふふ、ありがとうございます」


 レオおじいちゃんは、予備がなくなったと自家製ポーションを2本買ってくれて、シチューも食べてくれました。


 夕方、テオが薬草取りから帰って来た。


「アリス、帰ったぞ~」


「テオ、おかえり! 今日ね、レオおじいちゃんが来たよ。デイル領のおみやげを持って来てくれたの」


 テオから薬草を受け取り、レオおじいちゃんのおみやげを出した。


「そうか、ゴーレムの討伐が終わったんだな。ん、お土産?」

「うん。リンゴのお菓子だよ、テオ食べる?」

「おう! 食べるぞ」


 デイル領特産品の少しすっぱいリンゴを、乾燥させて蜂蜜に漬けてあるお菓子だと説明したら。


「何、蜂蜜漬けか! 旨そうだな~」


 ふふ、テオも私と一緒で甘いお菓子が好きだよね~。


 王都で売っている蜂蜜は、ほとんどがダンジョン産で、値段が高くて庶民にはなかなか手が出せない高級品なの。

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