第2話 トッシュはムカつく上司のツケで飲みに行く

「クビか……。

 まあ、俺には組織で働くのなんて、むいてないからなあ」


 突然のことにトッシュは悲しむでもなく、怒るでもなく、

 普段と変わらぬ歩調で廊下を歩き、自分の所属する戦闘支援課フロアへと戻った。


「んー。クビになったら何するんだ?

 帰れって言われたし、帰っていい?

 上司には報告するもんか?」


 トッシュは自席に着く前に、

 クビを通告されたことを、課長へ報告に行った。


 課長は先程トッシュにクビを宣告した金星の息子、金星日人だ。

 歳はトッシュと同じで17。

 コネ入社なので、ギルドに入ったと同時に課長の役職についている。


 元々トッシュが世話になった人の席を奪っての課長就任なので、

 トッシュは日人とほとんど会話したこともないが、いい印象は抱いていない。


「日人さん。少しお時間、よろしいでしょうか」


「あー? 今は忙しい。お前のことはギルドマスターから聞いている」


「あー。そうですか……」


 日人はスマホを弄ってゲームをしていた。

 隠す様子もない。


 一応定時後だし、クビになったトッシュにとやかく言う筋合いはない。


「俺が担当していた『ダンジョン探索RPG』の攻略支援を日人さんが引き継ぐって聞いたけど、マジです?」


「あー? うるせえな。だったら、なんだよ」


「まあ、ぶっちゃけ日人さんには無理ですね。能力不足です」


「ぷっ。スキル評価四級のお前がオンスケで進められる案件なんて、

 俺なら1日で終わらせられるぞ。っておい、

 テメエ、人に話しかけておきながら、なに細い物かじってんだよ」


「ゴボウですよ。現実世界産の野菜なのに知らないんですか?」


「聞いてねえよ! 人と話するときに物を食べるんじゃねえよ」


「うわ、父親と同じこと言ってる……」


「当たり前だろ!」


「そんなことより、俺、言いましたからね?

 早めにネイさんでもアサインしておいてください」


「アホか? 四級のお前程度に任せていた案件の後任に、

 ギルド唯一の一級をあてるわけないだろ」


「俺のスキル、日本式の評価だから四級ですけど、

 ナーロッパ式の評価なら多分A級ですよ?」


「はっ! いるいる。

 そうやって、自分の無能さを、評価方式の違いだって言い張るやつ」


「あー。分かりました。もう、いいです。

 一応、前任者として、二級以上があたるべきだと伝えておきたかったので」


 トッシュは軽く頭を下げてから、日人の机を離れる。


 自席に戻り、筆記用具を鞄にしまう。


「はあ……。親切にしてくれた人には挨拶したかったな……」


 入社時に面倒を見てくれた先輩や、

 一緒に任務に就いた同期や、

 初めての部下になった後輩は出張で不在だった。


 基本的にギルド『ブラックシティ』戦闘支援課の業務は、ファンタジー世界や、ダンジョン探索RPGなど、戦闘が必要とされるエリアでの、様々な支援活動だ。


 遠方への出張が多いし、依頼主や取引先の業務に24時間体制で行動をともにすることもある。


 そのため、同じ課員でも、タイミングが合わなければ、とことん、会わない。


 常に課の事務所に居るのは、移動系のスキルを持つ者か、勤務地が近い者か、たまたま手が空いていて本部待機になっている者くらいだ。


「……まあ、そのうち電話くらいするか」


 トッシュは鞄を取ると、名残惜しむことなく、部屋を出る。


 両サイドの壁に標語のポスターがたくさん貼られた廊下を通り抜け、

 玄関へ向かう。


「あ。メンバー証……。返していない……」


 すでにトッシュは玄関ドアを出たところだ。


「まあ、いっか。郵送して返すか。

 でも、面倒くさいな。

 これのおかげで、17歳でも法律的には成人として扱ってもらえるんだよなあ。

 適当なギルドに再就職するか、日本の一般企業に入社するか。

 どっちも面倒くせえ……。

 いっそのこと、個人で事業を立ち上げるか……?

 とりあえず貯金が尽きるまではだらだらするか」


 トッシュは家に向かって歩きだす。


 暫く進むと居酒屋が並んでいる通りに差しかかかった。

 普段アルコールは飲まないし、節約しているトッシュは、それまでまったく興味がなかったが、この時だけは、妙に店の灯りが明るく見えた。


「あー。そういや、酒って飲んだことないな。

 ギルメン証があるうちに飲んでいくか」


 トッシュは居酒屋の違いが分からないので、とりあえず一番手間にあった店に入った。


 まだ18時なので、客は他に居ないからカウンター席に着いた。


 目の前に大きな鍋がいくつも並び、食欲をそそる匂いが漂ってくる。

 大鍋から小分けして料理を提供してくれるようだ。


「なんかテンション上がるな。これってなんです?」


「へい。タラの煮込みです」


「こっちのは?」


「ブリ大根です。いい感じに味が染みこんでいてオススメですよ」


「めっちゃ美味しそうですね」


「へい。ブリは旬ですからね。脂がのっていて、身はプリプリで最高ですよ」


「お、おお……。他のも凄そう」


「へい。どれも美味しいですよ!」


「ブリ大根ひとつおなしゃす!」


「へい!」


 それからトッシュはお酒を注文するために、ギルドメンバー証を提示した。

 他に、ファンタジー世界の住人証などを提示すれば、未成年でも日本内で飲酒や運転が可能になる。


「支払いはギルド『ブラックシティ』戦闘支援課長の金星につけておいてください!」


「へい!」


 ギルドの近くで、そのギルドのメンバー証を見せたから、ツケで支払うことが出来た。


 トッシュは適当に注文して飲み食いして、生まれて初めて酔い潰れた。


 あまり解雇されたことを気にしていないつもりでも、

 実は少し落ちこんでいたのかもしれない。


 少し、飲み過ぎた。

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