第一章:無職初日編

第3話 トッシュはエルフ少女を拾う

「んあああ。フラフラして真っ直ぐ歩けなーい」


 夜の10時。トッシュは酔い、千鳥足で路地裏を歩いた。


 トッシュは17歳だが、未成年でも飲酒可能なナーロッパ世界で生まれ育ったため、証明書さえあれば日本に居ても、ナーロッパの法律や規則が適用される場合がある。


 今夜はギルドのメンバー証が身分証明書代わりになり、

 飲酒が出来たのだ。


「やべえ。アパートが、ぐねんぐねん、動いているぞお。記念に撮っておこう」


 トッシュはポケットからスマホを出し、パシャリ。


「これが、酔うという感覚……たーのしーい。うわっと」


 トッシュは階段を踏み外しかけ手すりを掴む。


「危ない危ない。ん?」


 視線を上げると、自室の前に大きなぬいぐるみがあった。


「ん、んー? クマのぬいぐるみ? 退職祝い~? 誰か持ってきたの~? おお。意外と重い」


 トッシュは酔っていたので、それがクマのぬいぐるみだと思いこんだ。


 実際は、10歳くらいの少女が座り込んで眠っていたのだが、トッシュは気付かない。


 ぬいぐるみを抱きかかえて部屋に入ると、抱き枕代わりにして寝た。


 翌朝。7時。

 トッシュはクビになっているが、いつものくせで、仕事に行くつもりの時間帯に目が覚めた。


「またしても、目覚ましに勝ってしまった……。

 んー。ベッドの布団が膨らんでいる。

 野良猫でも入りこんだか?

 ん、んん~?」


 トッシュが布団をめくると、そこに丸まっているのは、クマのぬいぐるみ。


「あー。そういや部屋の前にあったから拾ったんだっけ……。

 ん、んー? あれ? これ、人間?」


 ぬいぐるみだと思いこんでいたのは着ぐるみで、顔の部分が開いていて、

 幼い顔が見えている。


「小学校の真ん中くらいか?」


 トッシュがしげしげと見つめていると、少女は瞼を開け、

 僅かに肩を強ばらせた。


「……わっ」


「ごめん。いきなり覗きこんでいて、怖がらせたか。

 おはよう」


「お、おはようございます」


 少女はぺこっと頭を下げてから、着ぐるみのフード部分を外した。

 すると中から現れたのは、銀髪と長い耳。


「あ。エルフ」


「はい。エルフの、シル・ヴァーです」


「あ、どうも。俺はトッシュ・アレイ」


「あの。これ……」


 シルと名乗ったエルフ少女は、着ぐるみの胸元から封筒を取り出した。


「父ルード・ヴァーからの手紙です」


「ルード? あ、ああ。君、ルードの娘か」


 トッシュがポケットから鋏を出して封筒を開封しようとしていると……。


 クー。


 シルのお腹から可愛い音が聞こえた。


「あ、あの……」


 シルはお腹を押さえると、頬を赤くして顔を背けた。


「とりあえず、飯を作るから、少し待っていてくれ」


「は、はい」


 トッシュはキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。


 しかし、中はいつのか分からない開封済みのお茶と、

 練りワサビやケチャップなどの調味料くらいしかなかった。


「ん、ん~」


「あ、あの、どうかしましたか」


「いや、飯を作ろうかと思ったけど、

 冷蔵の中、空だった……。

 そういや昨日、木曜特売日なのに買い物に行かなかったからな……。

 ふりかけパスタでいい?」


「は、はい」


 トッシュは鍋に水を汲み、火にかけたところで、テーブルに座った。


 すぐにエルフ少女がやってきて、テーブルの横でトッシュに視線を送ってくる。


「……ん? ああ。ごめん。

 君みたいな小さい体だと椅子をひくのも一苦労だよな」


「あ……。そういうわけでは……」


 トッシュは立ち上がると、向かいの席に移動して椅子を引き、シルを手招きする。


「おいで」


「はい」


 トッシュはシルの体を抱えて椅子に座らせてあげた。


 トッシュは自分の席に戻り、封筒を開ける。


「えっと……。

 ……。

 ……なるほど。

 お。湯が沸いた」


 トッシュは立ち上がり、鍋にパスタを投入した。


 かき混ぜながらシルに尋ねる。


「シルは、手紙の内容を知っているの?」


「はい……」


「シルを預かってくれって書いてあるけど、認識、あってる?」


「はい」


「そっか。いいよ。じゃあ、これからよろしくね」


 パスタがお湯に没したので、トッシュは火の前を離れ、棚へ向かった。


「あ、あの、そんな簡単に……。いいんですか?」


「ルードの頼みなら断れない。

 君くらいの年齢の娘を人に預けるってことは、

 なんかよほどの事情があるんだろうし。

 ただ……」


「ただ……?」


「シルを預かって養うのは問題ないんだけど、

 俺、昨日、仕事を解雇された……」


「……ご、ごめんなさい。そんな大変なときに」


「いや、いいよ。しょうがない。なんとかする。

 だから、変な遠慮とか要らないからね?」


 トッシュは棚の奥まで漁ってみたが、乾麺やカップ麺ばかりで、

 パスタソースはなかった。


「いやー、ほんとごめん。冗談じゃなく、ふりかけパスタしかない」


 トッシュは棚にあったふりかけをテーブルの上に並べる。

 さらにズボンのポケットからふりかけの小袋を出して並べる。


「ふりかけパスタなんかで遠慮するなって言える筋合いはないけど、

 遠慮しないで。マジでルードには滅茶苦茶世話になったからさ」


「は、はい……」


「正直に言おう。

 ふりかけパスタは貧乏な奴か、手抜きしたい奴が食べるものだ。

 初めて会った恩人の娘に出すものではない。

 だから、本当に遠慮は要らない」


 トッシュは五種のふりかけを少しずつ小皿に出した。


「味見して。気に入ったやつをパスタにかけるから」


「は、はい。じゃ、じゃあ、これ」


「分かった。んで、この茹でたのがパスタ。

 お湯を切ってから、サラダ油をスプーンいっぱいかけるのがポイント。

 固まりにくいしふりかけが絡みやすい。

 はい。お待たせ。

 これがフォーク。右手で持って。

 こっちのがスプーン。左手で持つ。

 スプーンを、こうして、フォークを刺して、ぐるぐる巻いて食べる」


「こう?」


「うん。そう」


「あ、あれ。なんか大きくなってきた」


 シルは初めてパスタを食べるらしく、巻き取る加減を間違えたようだ。

 フォークの先にパスタがこんもりと集まった。


「食べれない……」


「あー。最初に刺しすぎかな。

 いったん、ひっこぬいて。

 フォークに少しだけパスタを絡めて、くるくる巻いて」


「が、頑張る!」


 シルは初めて目にしたパスタに興味津々らしく、目が爛々と輝いている。

 初対面の緊張が解けてきているらしく、口調も子供らしく柔らかくなっていた。


「む、むむ……。できそう!」


「お。上手いぞ。そう。そのままフォークを回転させて!」


「で、できた!」


「そう。それをパクッと行く!」


「うん! ……美味しい!」


「ふっふっふっ。見ろ。

 パスタ上級者の俺は、スプーンを使わなくても、

 フォークだけで、こう……!」


「凄い! トッシュ凄い! フォークだけでパスタを巻きとった!」


「さらに、こう!」


「お、大きい! そんなに大きいの入らないよ?!」


「いいや、俺なら、こんなに大きくても、ひとくちでいける!」


「凄い! トッシュ凄い! 凄い!」


「んー。ボーノ!」


「ボーノ?」


「パスタを食べたときに美味しかったら言う言葉」


「ボーノ!」


「そう。そう言うの」


「えへへ……」


 ふりかけパスタという、一人暮らしの手抜き朝食だが、

 ふたりは美味しく、楽しい時間を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る