61話 仙人⑭
「でも、仙人は長いことクスリをやってたんでしょ?ヨガの快感なんか……言っちゃ悪いけど些細なものでしょ?それで満足出来るものなの?」
謙太がどこか不満気な顔で尋ねた。
不満気な顔をしている謙太の意味が分からなかったが、少し経ってから俺はあることに気付いた。
それはこの一座に共通する部分だ。
コイツらは様々に手段は異なっているが、自分の快感に対して驚くほど貪欲であるという点だ。だからおよそ水と油のように相容れない人間同士の話が盛り上がってきたのだ。
「ふぉふぉ、確かに最初の快感は僅かなものとも言えましたがな、ワシにとっては真新しい感覚でのう。また自分一人でなく教室で先生や他の生徒と共に行うのが、あまりに健全で新鮮だったのじゃよ。……最初は健全過ぎてどこかおままごとをしておるかのような、自分がそこに通ってヨガの輪に入ることが白々しくもあったんじゃがな、次第にその空間に慣れていったのじゃよ」
「ふーん、爺さんその時にはもう40過ぎてたんだろ?何て言うか実際の年齢よりも若かったんだな」
目に付いたヨガ教室に入るという行動力もそうだが、そこでそれだけ生き方を変えられるというのは、身体の面というよりも頭が柔軟だったということだろう。
「ふぉふぉ、そうじゃのう……でも本当のことを言えばどこかクスリの快感に飽きていたのかもしれんな。クスリによってワシの人生の可能性をワシ自身が潰している……無意識のうちにそんなことを思っておったのかもしれん」
「仙人。ではヨガに本格的にハマって以降は一度もキメようと思ったことは無いのですか?」
丸本がやや驚いたような口調で尋ねた。丸本の口調のうちに驚きの感情を読み取れるようになるとは、俺も成長したものだと思う。
「ふぉふぉ、キメようと思ったことは無いですな。……ただ無意識のうちに脳がその快感を再現して、当時の光景がバーッと広がってくる……いわゆるフラッシュバックは何度もありましたじゃ。あとジジイはバツ(MDMA)をキメてクラブに行くのが大好きじゃったでなぁ、街中でクラブ音楽に近い4つ打ちの重低音の音楽が流れると一気に当時のことがフラッシュバックしてきますわ、ふぉふぉふぉ」
「……そんなにもヨガとは素晴らしいものなのですか、信じられません」
今までで一番の丸本の驚きの言葉だったが、それに対して爺さんは首を振った。
「ふぉふぉ、先にも言った通りジジイは普通のヨギーとは異なっておるし、その動機も不純なものじゃ。しかしクスリの快感を知っておったがゆえに、ヨガの快感を早い段階で感じられたというのはあるかもしれん。……ある程度ヨガに慣れてくるとな、以前葉っぱをキメた時に味わった快感と似た部分を感じることもあるんじゃよ。そこのチューニングを探ってゆきチャンネルを合わせる。……ジジイにとってのヨガの快感はそんな感じじゃった。無論こんな仕方をしておるのはジジイだけじゃて。普通のヨガをしておる人々はワシとは全然違っておるじゃろうて」
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