60話 仙人⑬

「ふぉふぉふぉ、その時のワシはヤク友が逝った直後で精神的にも迷っていたんでしょうなぁ。……いや、ソイツは『お互いバカをやった日々は楽しかったな!』という主旨の言葉しか残さず、クスリを辞めろとは全く言いませんでしたが……でもどこかそんな生き方を選んだことを後悔していたのではないか?時が経つにつれてそんな風に思えてならんかったのですわ。……しかしワシ自身今さら生き方を変えてどうなるのか?ここまで来たら最後まで快楽を享受してやる!……そんな気持ちがせめぎ合っていましたわい」

「なるほど、理解です」

 丸本が真剣な眼差しでうなずいた。


「そんな時にふと家の近所を歩いておったら、ヨガ教室を見つけおったんですわ。ガラス張りの教室の中で10人ほどの女性が何やらポーズをとっておりましてな、前にいる恐らく先生であろう女性がかなりの美人でしてな……その時のワシは40を既に過ぎておりましたが恥ずかしながらまだまだスケベ心も満載でして……教室の表の看板には『男性歓迎』とも書いてありましたゆえにですな、そのまま見学をさせてもらい入会を決めたのですじゃ」

「……煩悩丸出しじゃねえかよ、元気だな」

 俺はまだ20代だが、40歳を過ぎてその場でそうして行動出来るだけのフットワークを保っていられるだろうか、と考えると自信は無い。……いやもう既に新たに行動することに億劫さを感じることの方が多い。ヤク中(?)だったくせに、爺さんのそのアクティブさはどこから来るのだろう?年齢などというものは単なる数字でしかなく、他者との比較の指標には何の意味もなさないのではないだろうか?そんな気がした。


「ふぉふぉふぉ、いやまあ何も流石にその先生を本気で口説こうと思っていたわけではないんじゃがの。美人は目の保養になるしの、美人と接する機会を増やした方が精神的にも良いじゃろ?……その程度の気持ちで通い始めたそのヨガ教室だったのじゃがな、これにジジイは滅法ハマってしまいましてな、気付くと週末もキメない時が増えていったのですわ」

「へえ~、でも何で仙人がそんなにヨガにハマったんだろうね?」

 謙太が尋ねた。

「ふぉふぉ、そうじゃのう……これを言うと生粋のヨギー(ヨガをする人)からは間違いなく怒られるじゃろうが、ヨガに集中した時の精神状態はキメた時の快感と少しばかり似ているんじゃよ。……勿論どのクスリのキマり方とも違ってはいる。強いて言うなればダウナー系の落ち着く感じに近いかもしれんが、雑味の無い澄み切った感じというかの。もちろん最初はヨガの微弱な快感を捉えるのが難しかったのじゃがな、ワシがハマっていったのは恐らくクスリの経験があったからじゃと思っておるわい」

「なるほど、やはりクスリから抜け出すには何らかの運動が欠かせないということでんな。……シャブ中からの復帰を目指す人たちにはウエイトトレーニングが有効やっちゅう話は聞いたことがありまっせ。激しいトレーニングで脳内物質がドバドバ出て、それによってシャブの快感を上書きしようっちゅうことなんやろうが、まあ理解出来る気はしまっせ」

 長田がそんな話をした。

「ふぉふぉ、激しい筋トレとヨガとはまた少し方向性は違うでしょうが、大まかに言えば似たことかもしれませんな」



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