59話 仙人⑫

「しかしその後ワシはクスリで捕まりますんじゃ。ワシは週末しかキメない、週末ジャンキーだということに油断しておったのでしょうなぁ。……そして父親からは勘当されましたわ。当時付き合っていた女からも縁を切られ、仕事、家族、恋人……ワシは全てを失いましたわい、ふぉふぉ」

「やはりクスリはダメでんなぁ……」

 長田が沈痛な面持ちで呟いたが、爺さんは頭を振って否定した。

「ふぉふぉ、ところがワシにとっては『これでやっと自由になれた』という感覚だったのですじゃよ。社長の息子として周囲にペコペコされて、ワシ自身もその役割を演じなければならんことにとても窮屈を感じておったのでしょうなぁ。……結局そのまま家族とは会っておりませんゆえ、不孝者であることは言うまでありませんがな」

「でも、一気にそんな風になっちゃったら、その後どうやって生きてきたんですか?」

 謙太は相変わらず善良な人間だ。本気で爺さんの心配をしていることがその表情から明らかだ。

 今現在爺さんはニコニコとしてここに存在しているのだから、当時の苦労を乗り越えてきたことが確かであるにも関わらずである。


「なぁに、男一人生きていくだけならどうとでもなるものですぞ。……逆に言うと世界各地を巡ったことがワシの神経を図太くしておったというか、その心理的余裕が良くなかったのかもしれんがの、ふぉふぉ。……一度目の刑期を終えた後もワシは古い交友関係を保ったままでした、つまりクスリを辞めるつもりはなかったっちゅうことですわな。月~金は何とか耐えに耐えて仕事をして、金曜の夜にバツ(MDMA)をキメてクラブに繰り出す……バツが自分の血に溶け混じり昂揚してくる瞬間だけのために生きておったような感覚でしたなぁ……」

 そう言うと爺さんは、上を向き眼を閉じた。


「……仙人?どうしたんだよ?」

 慎太郎の問いに、慌てて爺さんは眼を開けた。

「ふぉふぉ、これは失敬!当時のことを思い出してトリップしておりましたわ、快感は脳に刻み込まれておりますでな。……そんな感じで一晩中クラブで踊りあかし、クラブで引っ掛けた女と葉っぱ(大麻)を吸ってセックスをする。日曜は死んだように眠り、月曜からはまた次の金曜の夜を待ち望みながら仕事の毎日をひたすら耐える……そんなルーティンでしたなぁ」

「……なんだか私と似ているかもしれませんね。ある意味私の理想ですよ」

 丸本が興奮気味に言った。

 確かに爺さんと丸本は、クスリの節度を守った使用の仕方に関しても、その知性に関してもどこか似たものを感じずにはいられない。不気味なこの男を謙太や爺さんが可愛がるのもそうしたことに由来しているのかもしれない。

「ジジイのようにはならんようにお願いしますよ、丸本さん。ふぉふぉふぉ。……そんな生活を繰り返しておりますと、当然2回目も捕まりますわな。それでもクスリを辞めようという気は特にありませんでしたわ。むしろここまで来たら自分の生き方はここにしかない……そんな気持ちでしたわぃ。ところが2回目の刑期を終えて出てみると、日本で出来たヤク友の一人が病気で倒れたのですよ。一緒になってあんなにバカをやったソイツが、病気で痩せ細っていきましてなぁ。最後はあっけなく逝ってしまいましたわ。……そんな時ですよ、ワシがヨガと出会ったのは」


「ヨガ?」

 一座は皆首を捻った。



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