58話 仙人⑪
ふと俺は思い付いた疑問を口に出していた。
「じゃあ、爺さんは何でドラッグから足を洗うことが出来たんだ?」
爺さんは一瞬答えに遅れた。
俺自身がその問いを咀嚼する前に出した問いだったからかもしれない。咀嚼するだけの溜めがあれば爺さんはその気配を敏感に感じ取っていたのではないだろうか?
「ふぉふぉふぉふぉ、何故でしょうなぁ?……何故か?という問いに本当に正確に答える術などないのかもしれませぬぞ、ふぉふぉ」
「そういうの良いから、答えてくれよ」
いつもは何に対してもすぐに親切に答えてくれる爺さんだったが、どこかこの質問に答えるのは恥ずかしそうだった。
「ふぉふぉ、まぁそうですなぁ……誤解のないように言わせて頂くと、様々な経験を経た上でワシ自身はドラッグが悪いものだとは思ってはおりませぬ。いや……その中での気付きが間違いなくあったし、今のワシを構成する大事なものになっておる。むろん余人に同じことを経験すべきだとは口が裂けても言えんがのぅ。……そして正直に言えば足を洗ったというつもりも特別なくてですな、それ以上に気持ちの良いことを見つけたというだけのことなのじゃよ」
「ほう、非常に興味深いですな。様々な経験をされた仙人がそれ以上の快感があると仰るのですから、それはとても興味があります」
丸本が真剣な眼差しで爺さんの顔を見つめた。
その真剣さは彼自身の苦しみの裏返しということなのだろう。
「ふぉふぉふぉふぉ、それではジジイの身の上話といきましょうかのぅ。下らない話ですがお付き合いいただければ幸いですじゃ」
そう言うそう言うと爺さんは軽く会釈をした。
「さて、若い頃は世界中色々な土地を周っていたワシじゃが、20代後半になり日本に戻ってきましたわ。しかし何の展望もなく親のスネを齧っておるだけでした……世界を巡ったことは新鮮で強烈な素晴らしい体験だったことは間違いないのじゃが、それを世間に有意義なものとして発信出来るかと言うと……まあ平たく言えばアウトプットして金に出来るかというと、それはに別の才能が必要なんでしょうなぁ。……ただそこから夜の街を遊び歩いているうちに多少の交友関係が出来ましてな、日本人・外国人問わずどうしようもないクズばかりでしたがな……まあそういった連中とつるんでいるうちに多少クスリの遊びも再開しましたんじゃ、ふぉふぉ」
「え?その間全然仕事はしてなかったってこと?」
謙太が尋ねた。
「ふぉふぉ、父親が会社を経営しておりましてな、日本に戻ってきてからは一応その手伝いをしておりましたわぃ。……まあ自分では本腰入れて就職したというつもりもなく、周りの人々には社長の息子が道楽で会社に来ているだけの鬱陶しい存在じゃったことでしょうなぁ」
そうか、爺さんは良いとこのボンボンだったわけだ。
その話を聞いて俺はどこか納得した。生まれついての育ちの良さというものは、どんなに歳を取っても滲み出るものなのだろう。
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