62話 仙人⑮

「ふぉふぉ、数年そのヨガ教室に通っておったんじゃがの、やはりワシのそうした態度では周りの方々との違和感が強くなってきてのぅ、結局辞めることにしたんじゃ。先生はワシの邪な考えも見抜いた上で『続けて良い』と仰ってくれたんじゃがな……やはり周りの方々に申し訳なくてのぅ。それにヨガというものは究極は自分一人で行うものじゃからな、ある程度の基本を教えてもらってからは自分一人でも進められるものなのじゃよ」


「具体的にヨガってのはどう進めていくんだ?」

 爺さんの話が中枢の部分に触れていないので、俺にはその精神の変化がどうしてもイメージしにくかった。

「ふぉふぉ、そうでしたな。まあヨガには色々なポーズがありますがな、全ては自分の身体が伸びてゆく気持ち良さを感じるためですわい。そして何よりも呼吸が大事です。ゆっくりと長く息を吐くことに集中し、その吐息の中に己の雑念を全て込めて吐き出すようなイメージですな」

「いや、息を吐き出すだけだったら酸素が無くなって死んじゃうじゃん!」

 慎太郎の幼稚なツッコミにも爺さんは笑って対応した。

「ふぉふぉふぉ、息を吸うことは無意識の内にしておるものなのじゃよ。とにかく呼吸を深く長く『息抜き』をしてゆくことが精神的なリラックス……いやリラックスよりももっと静かな境地に繋がるんじゃ。ワシは動的なヨガを行った後で部屋を真っ暗にして、どこか一点の光に集中して行うのが好きなんじゃがな……まぁこれはヨガというよりもほぼ瞑想じゃな……暗闇の中の一点に自分が吸い込まれてゆくようなイメージじゃ。そして10分くらい瞑想を続けた後、骨盤底筋に意識を集中するんじゃ」

「骨盤底筋って何だよ?」

 また爺さんの口から耳慣れない言葉が出てきた。爺さんが頭良いのは分かったから、もう少し無知な人間に対する配慮も必要だと思う。

 だが俺の問いに答えたのは爺さんではなく、丸本の方だった。

「骨盤底筋とは恥骨・尾骨・坐骨の付近にある筋肉の総称です。特に顕著に意識されるのは小便を切る時でしょうね」

「な~んだ、PC筋のことか!」

 謙太もあっさり納得した。この二人が納得したということは……

「ふぉふぉふぉふぉ、そうじゃ新入りさん!察しが良いのう。骨盤底筋とはアナルの奥にある筋肉であり、アナルのオナニーをする人間にとっては必須の箇所なのじゃよ」

 ……何だよ!またアナルの話かよ!……結局コイツらはそこに行き着くのか?


 爺さんは俺の反応を楽しんだ後、また自分の話に戻った。

「瞑想によって十分にリラックスした後、PC筋に意識を集中しそこから息を吸い込むようなイメージじゃ。そして身体の中心を通る7つのチャクラを経由して脳天へと抜けてゆく。……息を吸い込む時には大きく聖なる気を取り込み、そして脊髄から身体の中心を経て脳天へと抜けてゆく時には、体内の悪い気を全て排出してゆく……そんなイメージで呼吸に集中するんじゃよ。余計な雑念を捨てるためには数を数えると良いのぅ。ゆっくり、出来るだけゆっくりと4つ数えながら鼻から息を吸い込み、8つ数えながら息を吐く。その繰り返しじゃよ」

「何か……一気に胡散臭くなったな」

 爺さんの話には一聴の価値があると思い話を聴き続けてきたが、ヨガだとかチャクラだとかの単語が出てくると俺はそんな感想を抱かざるを得なかった。

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