56話 仙人⑨

「ふぉふぉふぉ、アルコール、タバコ、カフェイン……これらをドラッグとすることには抵抗を抱く方も多いかもしれませんが、もう少し分かりやすいドラッグもありますでな」

 まだあるのかよ!ドラッグ天国か、日本は!?

 ……と思ったが、爺さんの話を聞いているとドラッグとは何なのか?簡単に一括りに扱うのは無理がある、という気になっていた。


「ふぉふぉふぉ、お分かりですね、丸本さん?」

 爺さんが問いかけたのはまたしても丸本だった。

「……そうですね、鬱病の人などに精神科医の診断の下で処方される処方薬。あとは薬局で買える咳止め剤を中心とした市販薬ですね」

 丸本はいつも通り表情を全く変えないまま答えた。

「ふぉふぉ、その通りです、よく御存知じゃ。まずは鬱病などの人に処方される向精神薬についてじゃが……現在は麻薬として認知されておる物も、かつてはそうした人に処方する正当な薬じゃった。じゃから現在鬱病の治療薬として主に使われておる薬が10年後に麻薬指定されておるということは、当然有り得ることじゃ。ここ何年かで禁止された薬も実際あるし、逆にMDMAがトラウマの解消に効果がある……っちゅう論文も最近になって出たりと、麻薬と精神治療の薬との線引きは実は曖昧なものなのじゃよ。また一方の市販薬については……ふぉふぉ、これは丸本さんに説明して頂こうかの?」


 まさか説明してくれ、と言われるとは思っていなかったのか丸本は目をぱちくりしていたが、5秒後に口を開いた。

「……そうですね、市販薬の乱用も近年は一ジャンルになるほどポピュラーなものという感じでしょうね。最もポピュラーなのはやはり咳止め薬のオーバードーズでしょね」

「オーバードーズって何だよ?」

 また聞き慣れない言葉が出てきた。

 丸本は何の感情も見せずに答えてくれた。

「規定量を大きく超えて服用し、本来の目的とは違ったトビ方をすることです……咳止め薬にはコデインという成分が含まれておりこれが……まあそういう目的で使用する人間にとっての……主な成分ですね。コデインはアヘンやモルヒネといったものに似た効果を持った成分で、大まかに分ければダウナー系のドラッグですね。独特のふわふわした多幸感が数時間味わえて、後は麻酔薬みたいなものですから寝ていることになるのですが、その寝ている時も夢現ゆめうつつといった感覚が気持ちいいという人がいます」

「ほーん、何でアンタはこっちの方面も詳しいんだい?」

 丸本は合法ドラッグといっても、そういった市販薬ではなくいわゆる『危険ドラッグ』の方が担当だったはずだ。

「……合ドラが包括規制によって完全に終了した後、シャブなどの違法薬物に流れた人間とそういった市販薬に流れた人間とに分かれたんですよ。……私は違法には手を出す気はなかったから、市販薬の方には多少手を出してみたことがある。……だが合法アロマやバスソルトのたぐいとは強さも方向性も断然違っていて、私はそれ以上試そうという気にすらならなかったけどね。エナジードリンクをがぶ飲みした方がまだ方向性が近いかもしれない……意識がぼんやりしてきて、咳止め薬ではエロを考える気力すら湧かない、というのが私の感想だよ」

 丸本の自嘲気味の笑いを聞いて、爺さんが何かを思い出したかのようにポンっと手を打った。



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