55話 仙人⑧

「ふぉふぉ、視覚の変化だけではありませぬぞ。皆の話がこうして弾み、思考を巡らすのにカフェインが大きく貢献しておったということですじゃ。……もちろんたかだか缶コーヒー一本にそこまで大きな効果はありませぬ。しかし皆さんは長い間ムショの飯しか食べておらず、カフェインはおろか甘味と言えるものも摂っておられなかったはずじゃ。そこに耐性の全くないカフェインが入り、甘味で一気に血糖値が上がるという状態はかなりの反応を引き起こしたはずなのじゃよ」

 俺は爺さんの言葉には相変わらず半信半疑だったが、反応を示したのは丸本だった。

「確かに全てのドラッグは使用間隔をなるべく空けることで効果が上がります。……ジャンキーこそ断薬の期間を作りドラッグの効果を上げようとするものです」

「ふぉふぉ、その通りですじゃ。カフェインも立派な覚醒剤なのですぞ」

 爺さんのここでの微笑みは一種の冗談であったと俺は思っている……だが、色々なドラッグを経験してきた爺さんからすれば、ある程度は本気だったのかもしれない。


「確かにコーヒー中毒みたいな人っているよね、一日に4杯も5杯も飲むような人。僕はコーヒー苦手だから信じられないんだけどさ、あれは中毒なのかな?」

 謙太の問いに再び爺さんがうなずく。

「そうですのぅ、完全に習慣になっている人は中毒と言っていいかもしれませんな。……ただコーヒーは健康に良いという学者もいますから、トータルで見れば飲むことが悪い訳ではないのかもしれませぬ。……しかし近年ではエナジードリンクなる物が出てきて、特に若い人たちに流行しておりますなぁ」

「アレも危険だって仙人は言わはるんでっか?トレーニーの中でも飲んどる人間は結構多いでっせ?」

 長田が慌てたように尋ねた。

 エナジードリンクは俺も時々飲んでいた。あの薬品っぽい独特の味が最初は苦手だったが、飲み続けるうちにそれが次第にクセになっていった。無論カフェインの効果とやらをそこまで顕著に感じたことはなかったが。


「ふぉふぉふぉ、コーヒーなどより何倍も危険だと思いますぞ。あれは味わいなどよりもカフェインと糖分を急激に上昇させる目的で作られた、よりドラッグに近いものと言えましょう。実際に健康被害を訴える論文もかなり出てきておるようですしのぅ。……ジジイのような老い先短い人間ならばともかく、特に若い世代の人々に急速に広まっておるようでその点が心配ですじゃ。短期的には何の影響もなくとも、習慣として何年も飲み続けておれば健康に悪影響が出る人はかなり多いんではないかと、ちと危惧しておりますのじゃ」

 謙太もそれに同意を示した。

「確かにね……ごく最近になってあの独特の色彩の缶を持っている若者たちを街中で見かけることが本当に増えたよね。ホストの若い子とかでも『気合を入れる時に飲む』っていう子もいれば『出勤前には必ず飲む』っていう子もいたねぇ……」


 思い返せば謙太の言う通り、街中でエナジードリンクを飲んでいる人間を見かけることは増えたように思うし、宣伝の広告もよく見るようになったと思う。街中でPRのために無料でサンプルを配っているのにも出会ったことがある。

 パッケージと謳い文句を様々に変え、定期的に新商品が出ているのは、爺さんの言う通りそれが商売になるということに尽きるのだろう。メーカーは自社の利益の以外に、それが社会にもたらす影響について考慮しているわけでない……というのはその通りなのだろう。



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