54話 仙人⑦

「ふぉふぉふぉ、酒やタバコ以外にもまだまだドラッグは溢れておりますぞ?」

 爺さんがまたしても悪戯っぽく笑った。

「はあ、マジかよ!日本ヤベえな!」

 慎太郎が大袈裟な声を出した。

「ふぉふぉ、ヤバいのは日本だけではのうて世界中どこもじゃて、慎太郎さん。人間は生きている限り精神変容をどうしても求めてしまうものなんじゃよ……シラフではやっていけぬ現実の厳しさとも言えるかもしれんがのぅ。……さて皆さんそれが何かお分かりでしょうかのぅ?」

 一同皆首を捻ってはいたが何も思い付かないようだった。俺も同様だ。


「ふぉふぉふぉふぉ、ところで新入りさん。……アンタは最初この座にさして乗り気ではなかったはずじゃが、今は随分楽しんでおられるように見える、それはどうしてだとお思いになる?」

「……は、どうして?……どうしてって言われてもそりゃあ、皆の話が思いの外興味深かったからだが……他に何かあるってのか?」

 何かこの部屋に特殊な仕掛けでもしてあったのだろうか?あるいは知らない内に魔法でも掛けらえていたのだろうか?

 様々な角度からの深い爺さんの言葉を既に受けていた俺は、爺さんの真意を図りかねてドキリとした。

「ふぉふぉ、ワシは何も特別なことはしておりませんぞな。……ただ話を始める前に皆さん缶コーヒーで乾杯したことを覚えてらっしゃいますかの?」

「ん?ああ、確かにそうだが……」

 何だろう?皆で輪になってコーヒーを呑むということが、何か特殊な催眠効果を生むとでも言うのだろうか?

「コーヒーにはカフェインが含まれておりますでな……カフェインには集中力を高める一種の覚醒効果があるんですじゃ」

「そりゃあ、それくらいは俺でも知ってるけどよぉ……」

 いくらなんでも今回の爺さんの話には無理があると思った。酒やタバコの危険性は理解出来るが、缶コーヒーまでもがドラッグだと言うのは……流石に爺さんのこじつけだろう。

 周りの皆も同様の顔をしていた。爺さんに対して露骨に批判することははばかられるのか、皆微妙な顔をしていたが。

「ふぉふぉふぉ、そう思われるのも無理はないでしょうなぁ。コーヒーなどは習慣的に飲む人間も多いものですし。……しかし、皆で缶コーヒーで乾杯をしてから今で大体2時間弱ですかのぅ。新入りさん、天井の蛍光灯を見てみなされ。普段蛍光灯はあんなに明るいものじゃったかのう?」

 爺さんの言葉に、俺だけでなく座の全員が慌てて天井を見上げた。

「……ホントだ、何かいつもより蛍光灯がキラキラしているような気がする!」

 真っ先に声を上げたのは慎太郎だった。

 それにつられて皆も同様の感想を漏らしだした。

(確かにいつもより蛍光灯が眩しいような気もするが……そもそも蛍光灯をこうしてまじまじと見つめることなど日常では有り得ないからなぁ……)

 俺は爺さんの言葉を完全に信じた訳ではないが、一応この場では合わせておくことにした。



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