52話 仙人⑤
「アルコールは実は非常に有害な薬物なのですじゃ。脳や循環器系、消化器系に有害であることはもちろんですが何よりもその社会性がアルコールの最大の悪影響でしょうなぁ」
「どういうことですか、社会性って?」
「ふぉふぉ、謙太さんもホストをされていたなら『乾杯』の場には数多く立ち会われたでしょう?」
爺さんの言葉に謙太は、あっ、と何か思い当たる表情をした。
「そうですね、僕は酒が全く飲めなくて、一滴でも入ると顔が真っ赤になってしまう体質なので、酒を強要してくる人間に対して良い気持ちはしませんねぇ」
「一滴も酒が呑めないでホストをやってたのか、アンタ。すげぇな!」
アルコールの有害性などよりも俺はその点に驚かされた。
ホストなどは酒を呑んでナンボの世界だと俺は思っていた。まだ客の付かない新人ホストは、一気飲みをして無理矢理にでもその場を盛り上げるのが役目だ、というような映像をどこかで見たことがあったからかもしれない。
「ふふん……そんな小さなことは本当に魅力ある人間の前では何の意味もなさないんですよ」
謙太が俺の方を見て流し目をかましてきやがった。
……なんだか今までの中性的な魅力とは明らかに違った『男』のギラギラした眼をしていた。……いや、だからどうというわけではないんだがな……
「アルコールの持つ社会的な害……ワシにも何となく仙人が言うてはる意味が分かる気がしてきましたわ」
謙太のナルシズムの発揮によってズレた話を長田が引き戻した。穏やか過ぎる爺さんに任せっきりだったならば、話が本筋に戻ってくるまで長い回り道が必要だったかもしれない。爺さんが目だけで笑って、長田に話の続きを促した。
「ボディビルをやってる連中はな、集まっても酒を呑むこともほとんどないし、ましてや強要するなんちゅう人間はまずいまへんわな。筋肉にとってアルコールはマイナスでしかないもんやからな。……せやけども、ワシがまだ普通の会社勤めをしとる時には、飲み会っちゅうもんが定期的にありましてん。ワシは酒自体は嫌いではなかったんやが、とにかくその飲み会っちゅうもんが嫌いやってんな」
「何でそんなに嫌だったんだ?多少は飲めるんだろ?」
俺も飲み会というやつが特別好きではなかったが、長田の表情には嫌悪が色濃く表れていた。。
「やっぱアレやなぁ、一番は酒が入ると急に人格が変わる上司でっしゃろなぁ。普段は温厚で真面目な上司やったんやが、酒が入ったソイツに急に怒鳴りつけられたことが何度もあってなぁ。……かと思うと普段は全然喋らない暗いヤツがいきなりはしゃぎ出したりもしよって、どっちがホンマの性格なんか分からんくなりましたわ」
長田の言葉にうなずいていた謙太がその言葉を引き継いだ。
「そうだねえ、ホストをやっていると酒に酔って自らを破滅させていった女性を何人も見てきたよ。……もちろんやらかしたホストも何人も見てきた。……さっきの長田さんの話を聞いて思ったのは、仙人が言う通りそれだけ人格を変えるってことはアルコールも立派なドラッグなんじゃないか?ってことなんだよね」
謙太の話に爺さんがうなずいた。
「ふぉふぉふぉ、お二人の言う通りですじゃ。ジジイの言いたいことはほとんど言っていただきましたなぁ。違法・合法を問わずドラッグは基本的には一人で楽しむものですじゃ……もちろんバツのようなパーティードラッグ的な例外はありますがのぅ。……しかしなぜかアルコールに関しては開かれた場で楽しむことが許されておる。身内同士の衝突というトラブルもあれば、全然関係ない人間に甚大な迷惑を掛けることも多いというのにですわ。酔客の電車でのトラブルや飲酒運転による事故……統計を調べれば違法薬物による被害などよりも何十倍、いや何百倍も多いことは明らかでしょうなぁ」
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