50話 仙人③

「あとは……玉とかバツとかエクスタシーとか呼ばれるものはMDMAですな。……そういえば最近大人気の女優さんが捕まったのが話題になりましたのう。実はジジイも若い頃はこのエクスタシーというヤツが堪らなく好きでしてなぁ、ヨーロッパのクラブなんかでは数百円程度で手に入ったものなんじゃよ」

 爺さんはよだれを垂らさんばかりに表情を崩した。

「……仙人がそんなもんに手を出してはったのも意外でしたが、クラブってのは……あの、音楽が大音量で流れる、あのクラブでっか?」

 長田がおっかなびっくりといった感じで尋ねた。

「ふぉふぉふぉ!実はジジイは若い頃、音楽が大好きでしてのう……いろんな場所を放浪したのも、世界中の音楽を生で感じたい、という思いがあったからなんじゃよ。……エクスタシーというドラッグは『愛と共感のドラッグ』とも言われておってですな、キマってくるととにかく自分の内から愛が溢れてくる、そして他者からの愛も強く感じるんですわい。自分が他者との関係の中で存在していることをはっきりと意識して、とにかく誰かに感謝したい、誰かとつながっていたい……そんな感覚が強くなるんじゃよ。……セックスドラッグとしても良いんじゃが、音楽ともとても相性が良くてなぁ、クラブの重低音のキックと自分の心拍数がシンクロするように、音楽と一体になって自分が生かされているという感覚がとても心地良かった……心地良かったという表現では足りないくらいなんじゃがのぅ……まあ至福の時間であったわ」

「ふーん、仙人そんなに音楽好きだったとは意外ですね」

 謙太がにこりと微笑んだ。無邪気に遊ぶ子供をあやすような優しい微笑みに見えた。

「ふぉふぉ、お恥ずかしい限りですがな……まぁ正直に言いますと、音楽とドラッグというのは切っても切り離せないものじゃと思います。表向きはそうではないにしろですな。……音楽の本当の快楽はシラフでは味わえない、とワシは思っておりますじゃ」

 俺にはドラッグなど無縁の世界……どこかフィクションの世界の話のように思っていた時期もあるが、こうしてムショに入り身近に経験を語る人間が増えてくると、間違いなくそれも現実に存在しているもの、ある人々にとっては日常的なものなのだろう。


「なぁ、仙人の言ってることってホントにマジなんすか?」

 慎太郎がまた例によって頭の悪い問いかけをした。

 またコイツは……と呆れかけたが、その次の問いは中々鋭い視点のものだった。

「だって仙人はもういい歳じゃないですか?なのに若い時からそれだけクスリをやってて、そんなにピンピン元気でいられるなんて、おかしくないですか?」

 確かにそうだ。

 もちろん若い時からこの歳になるまでずっとヤク中だった……というわけではないだろうが、それにしてもさっきの話っぷりから察するに、種類も頻度も相当な経験があるのは間違いなさそうだ。

 それなのにこの歳まで(はっきりとした年齢は分からないが60歳は超えているだろう)元気で、しかも人格者である、というのは俺のイメージと大きく矛盾している気がする。ヤク中などという連中は、もっとはっきりと人生を破綻させているヤツらのはずだ。



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