47話 丸本⑭

「なあ丸本君……ドライの快感は素晴らしいものだと思う。単に性的な快感っていうよりももっと広い意味で幸せな感覚だよね?それは、この場では君と僕だけが唯一共通して持っている感覚だと思う。……でも、だからこそドラッグなんていうものを使って安易にそれを求めてはいけないんだよ!そんなことをしていたら僕はドライに至る道に誰かを薦めることなど出来ないし、多くの人はそれを試してみようなんて思わないよね?胡散臭い連中が違法な物をヤバいことをしているだけだ……っていう偏見はますます強まることになっちゃうだろう?僕はドライオーガズムという快感をもっと多くの人に知って欲しいんだ。それは経験した男を間違いなく幸せにするし、カップルだったら男の子を女の子がドライに導くっていう構図も成り立つだろうね。そうなれば二人の愛はとても深いものになると思う。僕は本気でドライが人を幸せにすると思っているんだよ!」


 ……言っている内容を冷静に見れば噴き出してしまいそうな滑稽な話かもしれないが、謙太の目は本気だった。

 だがそれに応えた丸本の口調は、今までの温和な仮面を脱ぎ捨てたかのような冷たいものだった。

「また貴方はそうだ!……いつだって上から目線で、本気の善意で人を傷付ける。貴方がそんなことを言えるのは貴方が恵まれた人間だからですよ!実生活に於いても幾らでもセックスし放題のくせに、ドライの扉すら簡単に開きやがる!……ドライオーガズムというものを知り、自分のアナルを開発していく途中で、一体どれだけの人間が挫折していったと思っているんですか?貴方と違って私のようにとっくに人生を棒に振っている人間が、今さらそれをそれを思いとどまる理由などありませんよ!」

「……丸本君……」

 自分がどうなっても構わない、と思っている人間に掛けてやれる言葉は無い。謙太は哀しい顔をした。

 俺は改めて一座を見渡した。

 二人の言い争いに気圧されたのか、あるいは何か思惑があるのかは分からないが、誰もが沈黙していた。


 柳沢はどう思っているのだろうか?

 弱者であり、とっくに人生を棒に振っている……という意味では丸本と共通する部分も多いだろう。ドラッグとAVとの親和性に関してはすでに丸本が語った通りだ。  

 いや、丸本と柳沢とではタイプが違うかもしれない、という気はする。

 丸本が自らそこに飛び込んでいく冒険者タイプだとしたら、柳沢は様々な類似のものとの関係性の中から分類することによってAVの価値を定める、言わば学者タイプだ。

 その表情は微妙で、俺には真意がまるで掴めなかった。


 長田はどうだろうか?

 謙太を「恵まれた者」として羨む気持ちは今まで随所に出てきていた。だから謙太に対する反発が無いとは言い切れないが、しかし肉体派の長田が最も忌み嫌うのはドラッグなどの類なのではないか?と俺は思った。……いや、だがステロイドを打つボディビルダーも存在するわけだ。脳筋バカが必ずしも清く正しいわけでないことは証明されている。

 その表情は微妙で、俺には真意がまるで掴めなかった。


 俺は果たしてどう考えているのだろうか?

 法律を守ることが何をおいても優先すべきこと……とはもちろん思わない。そんな風に考えていたらここには居ない。

 だがこの場所に来てみると、シャバの素晴らしさが嫌というほど見えてくることは確かだ。たかだかオナニーの為にクスリをやって捕まるなど、バカげているとしか言いようがない。……と、数時間前コイツらの話を聞くまでは一蹴していただろう。だがコイツらの異常な情熱を知った今では、簡単にそう切り捨てることは出来なくなっていた。

 俺は俺自身の真意を掴みかねていた。


 慎太郎は……まあ良いや。

 特に何も考えてなさそうなアホな表情だった。


 仙人はどうだろうか?

 話題がヒートアップした今もにこにことしたその表情は読めなかったが、何か特別な思惑があるのかも

「ふぉふぉふぉ、お二人さんとも若いですのう!……熱くなれるお二人を見ているとジジイは少し羨ましく思いましたでな」


 一座の視線が一気に爺さんに集中する。

「議論をしても結論が出るような話でもありませんし、また他人に自分の考えを押し付けるような類の話でもありませんし……せっかくですのでここは話題を変えて、ジジイの戯言にでもお付き合いいただこうではありませんか、ふぉふぉふぉ」






(つづく)

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