45話 丸本⑫

「でも、今はもうドラッグはやっていないんだろ?」

 未だにどこか執着のありそうな丸本が少し怖くなり、俺は当然の質問をした。ここは豚箱だ。そんなものが手に入るはずもないし、少しでも様子がおかしければケツの穴まで調べられる世界だ(コイツらはそれにすら興奮を覚えそうな変態どもだが)。

「くく、当たり前じゃないですか。2年前には合ドラからは完全に足を洗いましたよ」

 例の能面のような表情で丸本は笑いながら答えた。

「え、そんな簡単に辞めれるモノなんすか?」

 慎太郎の驚きは俺も全く同じだった。

「だから、皆さんお上の情報操作に騙され過ぎですよ。『一度手を出したら二度と抜け出せない!』みたいなことはありませんよ」

 丸本が手をパタパタとはためかせ、俺たちに「大したことはない」ということをアピールした。


「ふぉふぉふぉ、丸本さん……。本当にそんなに簡単に辞めることが出来たんですかぇ?誰もあなたを責めたりバカにしたりはしませんで、正直なところを聞かせて下さりませんか?」

 爺さんの静かだが力強い言葉に、丸本の言葉を信用していた一座の空気がまた変わった。

 丸本は2,3度目をパチクリするとゆっくりと口を開いた。

「……流石は仙人です。簡単な嘘は見破られてしまいますね、くくく。……仰る通りですよ」

「やっぱり辞めるのは相当大変だったのか?」

 俺には、覚醒剤の経験者が更生のために一堂に会し、互いの経験を語り合うカウンセリングのイメージが浮かんでいた。丸本に言わせればこれすらも「お上に植え付けられたもの」ということになるのだろうか?

「……いや、どうでしょうね。毎日ネタを入れていたような連中は、フラッシュバックと言って、突然キマっている時の映像が脳内に流れ込んで来たりもするそうですが、私はそういったものはなかったですし、特に禁断症状のようなものが出たりもしませんでした。……ただキメた時の快感というのは脳と身体に刻み込まれています。今そこに上質なネタがあったら間違いなくやるでしょうね。合ドラを辞めた……いや『キメるのを今は中断している』と言った方が正確でしょうね……のは規制が進んでロクなネタがなくなったからに他なりません」

「そうなのか?規制は中々進まないものだってさっき話してなかったか?」

 さっきと言っていることが違うじゃねえか、と俺は思い抗議の意味を込めて俺は尋ねた。

 それに対して丸本は首を振った。

「皆さん知っての通り、一部のバカな使用者とバカなマスコミのせいで合法ドラッグというものは一気に社会問題になりました。『危険ドラッグ』という間抜けな名称もその時に付きました。……しかし問題がそれだけ広まると規制をしないわけにはいきません。あるいは規制を進めたい政府側の一部の人間がそういった情報を故意に広め世論を形成していったのではないか?という気もします」

「お上の側も一枚岩ではのうて、色々な思惑を持った人間がおるっちゅうことでっか……」

 長田が腕を組み首を捻った。

「まあ、これは根拠のない私の妄想ですがね。……ともかく世の中がそういった流れになってくると法律が改訂され、ついに包括規制というものが施行されました。今までは一つ一つの物質に対する規制だったのですが今度は、ある程度類似性のある物質をまさに包括的に規制することが可能になったのです」

「へー、色々あるんすね!そんなことも法律で決まってくなんて知らなかったっすよ!」

 慎太郎が例によってバカみたいな声を上げた。

 だが慎太郎の言う通りだった。法律は政治家が決めているわけで、実際にそうして世の中が動いていることを実感する機会というものは、我々庶民にとってはあまり多くないだろう。



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