43話 丸本⑩

「そうですね……では新入りさん、合法ドラッグが合法である意味ってどの程度理解していらっしゃいますか?」

「……う~ん、そう言われると難しいな。何でお上は『危険ドラッグ』なんて言う名前を付けてまで規制したんだ?シャブ(覚醒剤)や大麻とは何が違うんだ?そんなにヤバイ薬ならばとっとと法律で禁止すれば良いのに何でそうしないんだ?……でも『しぇしぇしぇ男』は捕まったよな?」

 確かにイマイチはっきりと把握出来ていないことばかりだった。

 合法ドラッグだとか『危険ドラッグ』だとかいう名称は聞いたことがあるが、それが何を指すのか、それを所持していると法律にどう抵触するのか?……はっきり答えられる人間はあまりいないような気がする。

「新入りさんの言う通りです。『危険ドラッグなんていう中途半端で胡散臭い名前を付けてないで、覚醒剤や大麻と同様にとっとと法律で禁止すれば良いじゃねえか?』こう思っておられる方も実際多いと思います。……その辺の事情を私の体験も交えてご説明させて頂ければと思います」

「ふぉふぉふぉ、丸本さん。よろしくお願いいたします。ムショの中でこそ聞ける、実に有意義な講義ですなぁ」

 爺さんがなぜか嬉しそうに言った。

 それに応えるように丸本は二、三度目をパチクリさせると説明を始めた。


「日本では『罪刑法定主義』と言って『疑わしきは罰せず』というのが原則になっています。明らかに法に触れる時にのみ罰せられる、ということです。……ドラッグに関しても同様の原則がありましてね、新たな薬物が市場に出回ったとします。それが『麻薬としての性格が強い』という評判が立ったとします。その薬物を規制するためには、お上が実際にその薬物を入手し成分を分析した上でないと指定薬物として規制出来なかったのです。そして規制するためには新たな法律を作り、施行されるまでの期間待たなければならないのです。つまり半年から1年ほどはそのドラッグを規制することが出来ず、市場に出回るのです。これが『合法』と呼ばれる所以ゆえんです」

「なるほどね……でも半年とか1年経てば規制されるんだろ?」

 俺の疑問に丸本はまた、くくく、と笑った。

「ところが、規制というのは簡単ではありません。指定された薬物の化学式がほんの少しでも違っていれば、それはまた別の薬物なので、規制するには同様の手続きを経なければならないのです。……規制されたらまた少し化学式を変えて『新商品』として発売する……そんなイタチごっこが何年も続いていたのです」

「……なるほどね、そういうことか」

 事情に疎い俺からすればどれも初耳の情報だった。法を掻い潜る汚い……いや、商売人の観点からあえて言えば「上手いやり方」というのはどこの業界でも存在するということなのだろう。



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