42話 丸本⑨

「ふぉふぉふぉ、柳沢さん。何も手を上げずとも発言して良いのですぞ」

 爺さんの言葉に柳沢は一瞬鼻白んだような顔を見せた。


「いや、何、今の丸本さんの話を聞いて合点がいった話があるっていうかよ。AVの中でも『ドラッグをキメた』と銘打たれた作品は結構あるんだ。……だけどそのほとんどは偽物だと言われてる。ただ中には女優のブッ飛び方から『本物なんじゃないか』って噂されている作品もあったりな」

「まあ、合法なものだったら実際に使用したケースはあるでしょうね」

 丸本の相槌に柳沢は軽く首を振った。

「まあ、その真偽に関して俺はどっちでも良いんだ。……それよりも今理解したのは『ドラッグをキメたヤツら用』のAVがあったんだな、ってことだ。延々とビキニの女優がダンスをしていて、セックスシーンはほとんど無いものだったり、やたらサイケデリックに映像が変化していったり、どこに需要のあるAVなのか、とずっと疑問に思っていたのだが、今のアンタの話を聞いて長年の疑問がスッキリしたよ」

「ああ、確かにそういう話はよく聞きましたし、私も分かる部分はありますね。……キマってくるとあまりに直接的なセックスシーンはむしろ邪魔になってくるんですよね。頭の中に続きのセックスシーンが勝手に流れますのでね、実際にはっきりとしたセックスが眼前に展開されているとむしろ自由度が下がるのです。私も後にはAVはほとんど観ずにセクシーなK-POPのミュージックビデオだとかレースクイーンの動画などばかりを観ていましたよ」


 うんうん、と一人幸せそうにうなずいている丸本に対して率直な疑問をぶつけたのは慎太郎だった。

「でもよ、ドラッグがそんな幸せな物だってんなら、なんでお上はわざわざ規制するんですかね?そうだ!皆で規制反対運動をすれば解禁されるんじゃないすか?」

 さも妙案のように嬉々として自説を高らかに叫んだ慎太郎に対して、誰もが冷めた視線を向けた。

 俺だって知っている。ドラッグは快感の代償を払わなければならないからドラッグなのだ。


「残念ながら、そんなに幸せな時間ばかりは続きませんよ。ドラッグというのは『幸せの前借りをしている』だけなのです。過剰に放出された脳内物質はいずれ枯渇します。……初ギメで記憶が曖昧になるほどのエクスタシーを感じた私でしたが、その効果は5時間程でパタリと切れました。切れた後のあの地獄のような感覚は他では言い表せませんね……。何と言うんでしょうね、特にはっきりと気持ちが悪いだとか疲労があるとかではないのですが、異様な焦燥感で頭がハイになりグルグル回っているような感覚ですね。エロの効果が完全に切れてもその焦燥感はかなり長い時間残っています。……間違いなくキメた日は眠れません。初回は最初の一回しかネタ(ドラッグ)を投入しなかったので、そこまで長時間残りはしなかったのですが、調子に乗って追加で投入したりすると、その地獄の時間はとても長く続きます。……私自身はそこまでの経験は無いですが2,3日丸々眠れないような人間も居たみたいです」

「……眠れないくらい、どうってことなさそうだけどなぁ」

 慎太郎が強がりのような小さな抵抗の一言を発した。

 それを嗜めたのは爺さんだった。

「ふぉふぉ、慎太郎さん。それは甘く見過ぎですなぁ。……忙しくて眠くても眠れないのと、自律神経のリズムが完全に崩れ、眠くならないのとでは、全然身体的にも精神的にもダメージが違うのじゃよ」

「そうですね、仙人の仰る通りです。日頃如何に自律神経というものに我々の心身が守られているかを実感しましたよ。……ただ、それでも最初のドライオーガズムの体験はとても強烈で、その後のダメージをカウントしても『また体験したい!』というものでしたがね。快感の記憶というのは脳に強烈に刻み込まれてしまいますからね、その感覚をまた味わいたいと思ってしまうのですよ」


「じゃあ、そこから合ドラに完全にハマってゆく、って感じだな?」

 俺の予想は単純明快なもので外れる要素の無いものだと思っていたが、丸本は微妙な返事をした。

「ハマっていった……のは間違いないのですがね、合法ドラッグというものはそんなに一筋縄ではいかないものなのですよ、くくく」

 丸本の笑いが俺の見識の浅さを笑ったものなのか、ハマっていった丸本自身への自嘲の意味のものなのか、それとも何かもっと違う意味を持ったものなのか、まるで見当も付かなかった。



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