41話 丸本⑧

「明日香キラリになる??何を言ってるんだ??」

 ドラッグ中毒者特有の症状で脳の方がとっくにイカレてるのかと思ったが、丸本の表情は正気そのものだった(元々正気か疑わしい表情ではあったが)。


「確かに経験の無い人には何を言っているのか分かりにくいかもしれません。……でも前提とかは抜きにフラットに考えてみて下さい。良い女とセックスすることや、セックスでその相手を何度もイカせることよりも……普通に服を着て街を歩くだけで周りの男たちから『うわ良い女、セックスしてぇ!』という視線を感じて生活している女に自分がなる方がエロくないですか?」

「……む、確かにそう言われると、その方がエロい気はするな」

 丸本の例えで彼が何を言わんとしているか、少し理解出来た気がする。

「ですよね、謙太さん」

 丸本は同様のことをわざわざ謙太にも確認を求めた。

「……そうだね。その点に関して異論はないよ。僕も似たような気持ちで女装オナを始めたことは間違いないからね。でも、僕はドラッグなんていう卑怯なものに手を出すことは絶対にしないけどね!」

 謙太の口調は今まで聞いたことのない強いものだった。

 この二人の微妙な関係はやはりそこに起因しているのだろう。


 だが謙太のそんな反応もさして気にする様子もなく丸本は本題に戻った。

「明日香キラリになる、合ドラをキメればそれも可能なのです。実際私は初めてキメた時にその意味がはっきりと理解出来ました。……多幸感が訪れ、肌感もマックスに上がると、頭の中はエロ一色に染まっていきました。『もっともっとエロいことをしなければいけない!』そんな衝動が次々にやってくるのです。そしてAVを見始めたのですが……その時そこに吸い込まれるような、その画面の中の世界に自分が入って行っているような感覚になったのです。『男優が自分のことを超エロい目で見ている』だけでなく、画面には映っていない周りの男たちの視線も感じているのです。そして画面越しに自分を見てオナニーしている無数の男子のことも感じました。『誰も彼もが自分を見て性的に興奮している!』そう思いながら……そう実際に感じながら、乳首を触りエネマグラを挿入すると、エロと多幸で感動して泣きそうな気持ちになりました。『自分はこのために生まれてきたんだ!』とすら感じたのです」


「……悪い、エネマグラって何だ?」

 水を差すタイミングだということは分かっていたが、俺は疑問をスルーすることが出来なかった。それにため息をつきながら答えたのは謙太の方だった。

「……アナルオナニーに使う器具の一つだよ。スティックとかみたいに手で動かすんじゃなくてお尻の筋肉を使うと、それだけで動くようになるんだ。だからハンズフリーでアナルを楽しむためには欠かせない器具で、エネマグラを多用する人は結構多いと思うよ」

 謙太の答えに丸本は大きくうなずいた。

「そうなんです。それまで私はドライオーガズムを目指して一年以上開発に励んできたのですが、効果ははかばかしいものとは言えませんでした。……しかし!この時、合ドラを入れた瞬間に大きな進捗を見せたのです。エネマグラなどは入れた瞬間から無意識のうちに勝手に動き出し、声を抑えることが出来ませんでした。……そして見ていたAVとも完全にシンクロし……と言うよりもあの瞬間の私は完全にAV女優でしたので……映像と同様のタイミングで完全なエクスタシーを感じました。思えばあれが私にとっての初のドライオーガズムでした。その後も何度も何度も絶頂を迎え、記憶は曖昧になるほどでした」


「……ヤバイな、合法とはいえドラッグはドラッグだな。でもよ……ドラッグってそんな方向性のものばかりなのか?」

 俺のイメージでは幻覚を見たりだとか、狂暴になったりとか、そんなイメージばかりだった。

「『とてつもない性的な快感がある』ということをメディアで報じるわけにはいきませんからね。キメて幻覚を見て事故を起こした男のことをあれだけ報じたのも、そういった事情からでしょう。……もちろん私も当時出回っていた合ドラを全て試したわけではありませんし、掲示板を読んでいる限り多少の方向性の違いはありました。幻覚を見れるものや、音に対して特に敏感になるようなものもあったようですが、しかし結局合ドラを使用する人間のほとんどはエロが目的だったと思います。……しかもそのエロは私が言及した『女になりきる』という方向性のものがほとんどだったと思います。……なぜそういう方向性なのか正確な所は分かりませんが、やはり謙太さんも言ったように『男の中には女がある』ということと無縁ではないような気がしています」

 そこである男が手を挙げた。今までずっと黙っていた柳沢だった。



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