37話 丸本④

「前期の授業が終わり大学が夏休みに入りました。私にとっては稼ぎ時ですので連日バイトに入っていたのですが、ある日20代の先輩バイトの人と話しているうちにこんな話が出たのです。『丸本君、合ドラってやったことある?』と。私は合ドラというものが何なのか知りませんでしたので、そう伝えると『なんか大学生の間でも結構流行ってるらしいけど、絶対手を出しちゃダメだよ!自分の親戚の子がハマっちゃって大変なんだから』ということをその先輩は仰いました」

「……結局何なんだい?その合ドラってのは?」

 話の流れからしてあまり良い予感はしなかったが、合ドラという単語を俺は知らなかったので一応尋ねてみた。

「合法ドラッグです。後に政府の命名により危険ドラッグと呼ばれることになるたぐいのドラッグです」

 嫌な予感が当たった。

 ドラッグなどは犯罪に於いて最もポピュラーなものの一つだろうが、目の前にいる丸本という男とは全然イメージが結び付いていなかったのだ。


「当時の私は合法ドラッグなどというものについて、その存在も知りませんでした。その先輩が言うように実際に大学生の間で流行っていたのかもしれませんが、何しろ私には同世代の友人などはいませんでしたからね、くくく。その頃の私は19歳にして恥ずかしながらようやく性に目覚めたと言いますか……一人暮らしになり親のプレッシャーから解放されたことも相俟あいまってか、自慰行為を楽しんでいました」

 19歳になり性に目覚めたと聞くとかなり遅いようにも思えるが、丸本の思春期の状況を考えればそれも無理はないように思えた。

「それで、当時の私も謙太さんと同様にアナルを開発しドライオーガズムを目指していたのですが、中々開発が進まない状況でしてね……ドライオーガズムなどは都市伝説ではないか?と疑い始めた時期でした」

 ん?……あまりに平淡で丁寧な口調が変わらないものだったので聞き逃しそうになったが……丸本も謙太と同様にアナルを開発していた?……マジか。あの……それって男としてそんなに普通の行為なのか?人生で一度もトライしたことのない俺の方が異常なのか?なんだかパラレルワールドにいつの間にか飛ばされていたかのような気分だった。男は皆ドライオーガズムを目指してアナルを開発している世界線……言葉にしてみると地獄もいいとこだな。

 一番話題に近いであろう謙太その人は特に反応を示していなかった。丸本の過去についてもすでに知っていたがゆえに、ということなのだろうか?


「その先輩の話は聞いた時は特に気にも留めていなかったのですがね、家に帰ってからふとその言葉を思い出して『合法ドラッグ』と検索してみたのです。……当時はまだ規制もゆるく、ネット上には様々な情報が溢れている時期でした。ちなみに現在『合法ドラッグ』で検索すると、一番上に「危険ドラッグは大変危険なもので、あなたの一生を壊します」という行政からのセンセーショナルな警告が出てきます」

「あ~、危険ドラッグってやつは一時期話題になってたもんな、ニュースとか週刊誌とかでも取り上げられてたし、電車内の広告でも出てたな」

 慎太郎の言葉に、俺も何となくその当時の報道を思い出す。

 有名なのは、危険ドラッグをやって車を運転して事故を起こし、ラリったままの姿をカメラに収められたた男だろう。『れれれ男』だったか『しぇしぇしぇ男』だったか忘れたが、ラリった姿からそんなネーミングをされていた。


「そうでしたね、ああいったマスコミの面白おかしい報道が、興味本位で手を出す人間を増やしたのは間違いなくあると思いますね」

 また一気に話が飛んだな……。ドラッグの話が出てきたということは、恐らく丸本はその経験があるということなのだろうが、それがどうオナニー話につながってゆくのだろうか?

 そんな場の空気を敏感に読んだのか、丸本は話を戻した。



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