38話 丸本⑤

「そうですね、まだ当時は規制もそこまで進んでいない状況でしたので、ネットでは様々な情報を普通に得ることが出来ました。その中の一つに『合法ドラッグを利用することがドライオーガズムへの近道だ』という情報があったのです」

「え、そうなのか?……なんか全然イメージが結び付かないんだけど」

 俺の疑問に答えたのは丸本ではなく、しばらく沈黙していた謙太の方だった。

「本当だよ……。確かにそういう情報はあるし、書き込まれている内容もそんなにデタラメというわけでもないと思う。ある程度はそうなんだろうね」

 謙太がめずらしく渋い表情で言った。彼もこの問題には複雑な思いがある、あるいはどこか自分とは切り離せない問題と感じているということなのだろうか?

「ドラッグというのは性的な快感を求めて使用する人間がとても多いです。公式にはあまり語られることはありませんがね。……もちろん私もその時はただネットで検索をしただけで、自分が使用しようなどという気はさらさらありませんでした。いくら違法でないとは言え、後ろめたい気持ちは強くありましたし「そんなものに手を出したら人として終わりだ!」というような気持ちも強くありました」

 丸本の口ぶりからして実際に手を出したことは間違いなさそうだ。


「合法ドラッグについて検索することはやめた方が良い、ということは自分でも分かっているのですが、翌日になると怖いもの見たさにまた検索している自分がいました。そのうちに、いつの間にか合ドラを用いた際の体験談をまとめた掲示板を読むのが日課になっていったのです。……しかもその内容がセンセーショナルでした。『ドライオーガズムへの圧倒的な近道!』『キメると観ているAVとシンクロして自分がその中に入れる!』といったかなり眉唾物の話が溢れていたのです。もちろん私も最初は一種のフィクションとして読んでいました。……しかし繰り返し読んでいるとリテラシー能力が養われてゆくというか、その話が実際に体験された内容だろうな、ということが分かるようになってくるのです」

「ふぉふぉふぉ、公式にはドラッグは危険で一度やっただけで人生をぶち壊すもの……という語られ方しかせんからのう。生の体験を語ったものの方が、ネット上の文字だけとはいえリアルさを感じるのも無理はないのう」

 仙人の言葉に丸本は大きく頷いた。

「全くです。しかも掲示板上には、危険な部分や安全面として留意すべき点などもきちんと書かれているのです。『キメ過ぎて翌日丸々24時間寝ていた』というものや『ひどい吐き気と悪寒により地獄を見た』とか『鼓動が異常に早くなり死ぬかと思った』、『悪夢を毎晩見るようになった』という体験談も多かったです」

「……ぐへぇ、ヤベエじゃねえかよ。それを見て手を出そうと思うヤツがいるのかよ?」

 慎太郎が舌を出して頭を振った。その仕草と嫌悪感をストレートに表現出来る様は、とても若さを感じさせるものだった。


「確かに、今になればそう思うのですがね……その時はそうしたマイナスの面の情報も編集せずに掲載する、その点に信頼を感じていました。『初心者は少なめから様子をみるべし。きちんと入れる量を守れば危険ではない。少々の吐き気や寒気は通過儀礼であり、それがキマっていることの証拠である』毎日掲示板を見ていると、ドラッグを摂取する際の心構えみたいなものも覚えてしまっていました。……もちろんそれに自分で気付くと『いやいや、実際自分で手を出すようなことはないけどね!』と慌てて振り払うのですがね、くくく」

 丸本の例の乾いた笑いに、長田が同情的な表情で言葉を掛ける。

「なんや、いよいよ手を出すのも時間の問題みたいでんな……」

 丸本はまた例の笑いを浮かべて、大きく頷いた。

「まさにそうなのです。掲示板を見ていたのが、いつの間にか販売ショップのサイトを見るようになっていました。……そして夏休みが明けて少し経った頃、ついに注文してしまいました」

「注文って……ドラッグだろ?そんな簡単に出来るもんなのか?」

 慎太郎の問いかけは、俺も同様に疑問に思っていた点だった。

「そうですね。サイト上で住所等の自分の情報を送信して注文し、事前振り込みや代引きで料金を払い、郵便として発送される……至極普通の通販サイトと同様ですね」

「そんなに簡単なものだったのか……それは広まるわな。値段はどれくらいだったんだ?」

 俺自身も当時そうした情報を知っていたなら手を出していたかもしれない、という気持ちを込めて尋ねた。

「ハーブ状のもの、液体のもの、粉末のものと形状は色々あるのですが、1パックでだいたい5~6000円程度のものが多かったですかね。人によりますが1パックでだいたい2、3回使えるという感じですか。頻繁に使用していると耐性が出来ていってしまうので、それよりも量が増えていってしまうのですがね」

「おお、まさに麻薬だな……」

「麻薬ですよ!」

 丸本はなぜだかやや誇らしげに胸を張った。



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