34話 丸本①

「ふぉふぉふぉ、謙太さんの話はお仕舞ですかな?……若いながらも色々な経験をされてきたお方、非常に興味深いお話でしたなぁ……さて、謙太さんの次は丸本さんの番ですかのう?」

 呼びかける爺さんの言葉にも、丸本はのっぺらぼうのような面を崩さず、ただ何度かパチクリと瞼を上下させただけだった。

 爺さんが再度微笑むと、ようやく丸本は口を開いた。


「……えー、仙人のご要望もあるということでですね、私丸本も拙いながら自分の話をさせていただこうと思う次第です」

 丸本の先の第一声には既に驚かされていたが、話始めた今の声にも驚かされた。

 今までこの男はほとんど声を発さず会話に参加してこなかったのだ。爺さんに促されて口を開いた瞬間も、その口からまともな言葉が発せられるか俺には疑わしかった。だが実にしっかりと丁寧な言葉で彼は話した。

 またその声が独特であった。男としては妙に甲高く頭のてっぺんから出ているかのような印象の声だ。この丸本という男……実はアンドロイドか何かじゃないか?と本気で一瞬思った。

 そんなこちらの感想を述べる間もなく(実際には述べられるはずもないが)、丸本の話は実に流暢に進んでいった。


「謙太さんの言う『男の中に女がある』ということ、これは私も紛れもない真実だと思います」

「……じゃあ、アンタも謙太さんと同じように女装オナを究めていった人ってこと、なのか?」

 慎太郎がどこか恐る恐るといった口調で尋ねた。

 他の連中は丸本が話し始めた際も何ら驚くような素振りは見せなかったが、慎太郎だけはそうではなかった。もしかしたら慎太郎も丸本と接するのが初めてなのかもしれない。

「はは、まさか。……私は自分の外見を客観的に見ることが出来るよ。こんな人間が女装していたらあまりに滑稽だろう?」

 丸本は一切表情を変えないまま、手を広げて笑っている様をアピールした。

 言うまでもなくその通りだ。丸本は長身痩躯で全体的に男っぽい骨張っている骨格だ。顔自体はよく見ればまあまあ整っているが、かなり面長でビー玉のような表情のない眼がとにかく不気味だ。素で中性的で綺麗な印象を与える謙太とはどう見ても別の生き物に見える。

「……そうだな、一瞬想像してみようかと思ったが脳がバグを起こしそうだったんで止めておいたわ」

 思わず出てきた俺の一言をたしなめたのは丸本本人ではなく、謙太その人だった。

「佐藤さん、あんまり人を見た目で判断するようなことは言うべきじゃないな!」

 珍しくやや強い口調の謙太に、俺は恐縮しかけたがそれを止めたのは丸本本人だった。

「良いんですよ、謙太さん。僕も実際そう思いますしね。……人を外見で判断するようなことは言わない方が良い、というのは確かにそうですが……実際のところ人は多くの点を見た目で判断しています。実際私も私の外見に嫌気がさすことはあるのですが、まあそれを言っても仕方ないでしょう。私が謙太さんのような見た目だったら謙太さんと同様のことを行っていたかもしれませんが……まあ神様というやつは不公平な方でして、そういう訳には参りません。しかしそんな小さなこと……その程度のことは些事さじだと言えるほどにオナニーの世界、そして内面の世界は広く深いのですから」

 丸本の独壇場が始まろうとしていた。



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