28話 謙太⑨

「まあ、そうは言ったけど、実は僕も元々は『男たるものチンコ以外で感じるのは邪道』と思っていたタイプだったんだよね。自分が男らしい男でない、っていうコンプレックスがやっぱりどこかにあったから尚更だと思う。エッチで女の子をイカせることにこだわっていたのも、そういうことだったんだ。……いやそれも後から気付いていったことなんだけどね」

(……それとアナルを開発することが何か関係あるのか?)

 話がまた元に戻った気がしたので思わず俺は口に出しかけたが、謙太の表情と話しぶりは何か深い考えを秘めたものに見えた。


「……だけど、初めて女装をして鏡の前に立った時は興奮すると共に、僕はとても納得がいったんだ。『ああ、自分は本当は女になりたかったんだ』ってね。もちろん最初はペニスをしごいて普通のオナニーをしたよ。でもすぐに……2,3回目にはもう違和感を感じていた。だって女の子にペニスはないからね?」

「まあ、話の流れとしては分かるよ。……でも実際アンタが男であることはどうしようもないじゃねえかよ。別に性転換をしようってわけでもないんだろ?」

 俺の反問に謙太は軽くうなずいただけで話を続けた。

「そう、その通りだね。で、僕はネットで色々調べたんだ。……本当に今はネットで何でも調べられるよね。で、すぐにドライオーガズムを語るサイトを見つけたんだ」

「……ドライオーガズム?聞いたことないな、何だそれは?」

 初めて聞く用語だった。

「射精を伴わない快感の絶頂のことだよ。ドライオーガズムと対比して普通の射精のことをウエットオーガズムって言ったりもするね」

 要はイクってことか?でもコイツは何を言ってるんだ?

「……男の話だよな?射精をしない絶頂、そんなもんあるのか?」

「ある。本当にあるんだ」

 謙太の笑みは淫靡なものに見えた。何か世界の重大な秘密を知りながら、教えることが出来ないかのようなそんな申し訳なさも含まれているかのようだった。

 俺は周りの奴らの表情を窺った。

 恐らく謙太のこの話を何度も聞いたことがあるだろうに、奴らもどこか謙太の話を信じ切れてはいないようだった。一方で謙太の表情には一片の曇りもなかった。見えないものの存在を確信しているか、信じられないのか……その対比はまるで宗教のようだと一瞬だけ思った。


「ドライオーガズムってのは射精を伴わない絶頂だから、賢者タイムも無いし、何回でもイケるんだ。それに一回の快感も射精の快感などとは比べ物にならないくらい大きい……いやもちろん、僕も最初は半信半疑だったよ?でも言ってみれば女の子はいつもドライオーガズムなわけじゃん?」

「……謙太はん毎回その例えをされますけども、男と女とは別の生き物でっせ。確かに女の方が多分セックスの快感は大きい。……でもなぁ、その代わり日常生活において女っちゅうもんは大変なんでっせ?筋力も体力も男ほど無いし、生理が来たらそれは大変らしいでっせ?……せやからセックスの時くらいは女のために男が頑張るんや。理不尽なように思えるかもしれへんけど、これは神様の定めた摂理みたいなもんでっせ」

 長田の言葉に俺はとても合点がいった。俺が漠然と思っていた謙太に対する反論を実に上手く言語化してくれたものだと言えよう。



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