27話 謙太⑧

「え?……あ、ああ。そうか」

 俺はドギマギして、どう反応していいのか分からないままに返事をしていた。

 アナル……まあ平たく言えば尻の穴だ。それを性的快感を得るために利用するという話くらいはもちろん俺も聞いたことがある。何も自分が清純派アイドルを気取るつもりはない。俺も男だから性的な探求心は人並みにある方だと思っている。

 だけど、そこに触れることだけは抵抗があった。……いや、何も今から物理的にそこに触れろという話をされているわけではないのだが、何となくそれが話題に上っただけで、そこから異物をねじ込まれたような強烈な不快感を予感するのだ。

「あれ?佐藤君、アナルの話はダメだったかな?」

 俺の顔を覗き込んだ謙太の表情は心底心配そうで、それが余計に腹立たしかった。


 俺の表情の変化に気付いたのは謙太だけでなく柳沢も同様だった。

 自らのヘビーな身の上話をした際も、ほとんど表情を変えなかった柳沢が、若干イラついた口調で俺を嗜めた。

「新入りさんよぉ、女装オナの話が出たんだから当然アナルを使うに決まってるだろうが」

「お、おお……そうか。すまん!……あれか?AVでもそういうジャンルはあるのか?」

 柳沢の思いがけぬ強い口調に俺はビビり、彼の機嫌を取るかのようにAVの話を振っていた。

 柳沢は待ってましたとばかりに早口になった。

「もちろんだ。男のものという、どう見ても本物の女子のような男子を用いたAVは一定の人気がある。最近は人気も上向きになりつつあるようだな。……また一周して、女にしか見えない男がペニスを勃起させているのが良いという風潮もあるが、まあアナルで男優を受け入れるのは基本だな。あくまでそれがあった上での逆のオプションという感じだな」

 流石はAVに人生を捧げた男、柳沢だ。概要だけでなく最近の傾向まで説明してくれた。そうやって完全な他人事、一種の学術的研究のようなドライな態度で説明される分には何ら不快感はない。

 だが、目の前の謙太という男が実際にそれを行った……ということを想像するのはどうしても拒否感が強く出てきそうだ。


「まあまあ、佐藤さんの気持ちも分かるよ。『男たるものチンコ以外で感じるのは邪道!男らしくない!』っていう風潮は根強くあるよね」

 取りなしてくれたのは謙太本人だった。

 まあそれもその通りなのだが……やはり尻の穴というのは汚いものというイメージがどうしても付いて回るし、自分の体内に何か異物が入って来るかのような怖さがある。そして、そこを性的に利用するのはゲイの人間だという俺の先入観があったのも確かだろう。

 ふと周りの反応が気になり見渡すとのっぺらぼうの不気味な男、丸本も笑っていたのが俺をさらに苛立たせた。

 対して慎太郎や長田は俺と同様の反応を示しているように見えた。……もちろん仙人と呼ばれる爺さんはいつもと何ら変わらずに微笑んでいた。

「まあ、ひょっとしたら不快感を覚えるような話になるかもしれないけど、僕の体験は紛れもなく本当に起こったことなんだ。出来れば最後まで聞いてくれると嬉しいな」

 謙太のその言葉を聞くと俺も覚悟を決めた。

「……分かった、聞かせてくれ」

 大袈裟な話かもしれないが、ここで謙太の話に耳を傾けることが自分の考え方に何かの影響を及ぼすかもしれない。そんな気がしたのだ。



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