20話 謙太①

「ふぉふぉふぉ、では謙太さん次にいきますかな?」

 爺さんが謙太に向かって微笑んだ。その微笑みも今までの二人に向けたものとは少し違っているように俺には見えた。


 言うまでもなく爺さんは、非常に善良で出来た人間だ。俺が今まで会った中で……豚箱だけでなくシャバを含めても……間違いなく一番の人格者だ。誰に対しても平等に優しい。

 そんな爺さんでさえ、この謙太という人間にはほんの少しの好意を漏らしてしまうようだ。恵まれたルックスというのは、それだけで人を心地良くする一種の才能と言えるかもしれない。

「うん、僕がいくよ!もう聞き飽きた、なんて言わせないからね」

 またしても謙太は悪戯っぽく微笑むと、胡坐あぐらを掻き直した。




「仙人が長田さんのことをナルシストって言ったけど、長田さん本人はどう?自分のことをナルシストだと思う?」

「……うーん、どうやろなぁ。ワシはナルシズムなんてモンとは縁のない人間や思っとったから、そう言われると違和感があるんやが……まあ言いたいことは分かるような気もする。自分の身体に対する愛がなければ、筋トレにそこまでのめり込むことはなかったやろうな。……そう考えると筋トレそのものが広い意味のオナニーとも言えるかもしれへんな」

 長田は謙太の問いかけにしきりに首を振って考えていた。元来、根が真面目な男なのだろう。

「新入りさんはどう?自分で自分のことをどう思う?」

「……え?また俺?」

 俺は謙太の問いかけにどぎまぎしたが、当然(?)それは単に問いかけられたという事実によるもので、こちらを向いた謙太の眼差しがとても色っぽかったこととは何の関係もない……いや、俺に男色の気は無いぞ!誓って無いのだが……この謙太という男にだけはドキリとさせられる。形の良い上品な唇、濡れたような瞳と長いまつげ……実に男であるという事実が惜しい美貌だった。……いや、本当に違うんだ!


「……ああ、そうだな。俺がナルシストかって話だっけ?……う~ん、俺はあんまりそんな要素はないと思うけどな……そういうアンタはナルシストそのものって感じだな!」

 俺は一種の照れ隠しというか自分の好意を誤魔化すために、謙太に突っかかっていたのだが、そんな多少の悪意はこの男には伝わらなかったようだ。

「僕?僕はナルシストだよ!だって自分のことが一番好きだし、綺麗だと思っているもの」

 何の照れもない謙太の言葉が、むさ苦しい部屋に眩しく響いた。

 なぜこんな男が……この豚箱にいるのだろうか?という疑問が浮かんできた。


 

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