18話 長田⑧
「そうか、良かったな」
もちろん俺たちにはその感覚は分からないが、長田にとってそれがとても大事なものだということは今までの話しぶりで充分に伝わっていた。
「結局努力に対して誠実に応えてくれるのは筋肉だけや、ってことや。バーベルとダンベル、そして筋肉痛だけが、ワシの人生の本当のパートナーやったってことや。心身が充実してくるとワシはようやくそのことに気が付いた。そしてそれに気付いた夜のオナニーは最高やった!……何ら特別なAVは観ておらんし、特別なものは使っておらん。アルコールすら一滴も飲んではおらんかった。それでもその時のオナニーは10代の頃よりも気持ち良かったわ、その時のワシは既に32になっておったがな。……筋トレに勝る媚薬はないということやな」
「ふぉふぉふぉ、まだまだ若いのう、長田さん!」
爺さんが嬉しそうな声を上げた。恐らく、この中で爺さんに一番年齢の近いであろう長田のそうした話が嬉しかったのだろう。
長田もまた爺さんがそう反応してくれたことが嬉しそうだった。
「仙人もまだまだ老け込むような歳ではないでっせ!筋トレっちゅうんは何歳になっても効果があることが科学的に証明されておりますで」
「ふぉふぉ、そうですか。今度教えて下され。……それよりも今は話の続きを」
爺さんに促され、ハッとしたように長田は話を再開した。
「それからのワシはもう迷うことはなかった。筋トレをし、飯を食い、そして一日の締めに射精をし、夜はぐっすり眠る。……ワシの人生はそれで良い。いや、それだけで良いんや。傍から見れば毎日ルーティンをこなしているだけに思われるかもしれへんが、毎日の色々なコンディションや環境の微妙な変化の中で行う筋トレはまさに自分との闘いや。毎日の闘いの締めの射精はホンマに幸せが溢れてくるもんや。……ワシは今年39歳になるが、今も人生のピークを更新し続けていると本気で思っとるで。ワシにとってオナニーとは自分の生命力の確認や」
長田の声は穏やかなものだった。
そして俺はその話を聞いてどこか矛盾した感想を抱いた。
一面は長田が本人の言葉通り本当に間違いなく幸せを感じているのだろうということ、そして反面は「それでも長田は、本当は愛する女との生活を望んでいる。その思いを封じ込めるために筋トレとオナニーに生活を注ぎ込み、他の可能性について考えないことを選んでいるだけなのではないか?」ということだ。
柳沢はある意味で最初から世の中に入らないことを選んだ人間だが、長田は実際に何人もの女と交際しセックスをし、結婚まで考えたことがある人間なのだ。もうそれは何年も前の出来事かもしれないが、本心では今もそれを望んでいるのではないか?長田が口では何と言おうとも、俺にはそう見えてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます