17話 長田⑦
「筋肉に向き合っていなかったって……どういうことだよ?もう筋トレはしてなかったのか?」
俺には長田の言葉がなぞなぞのように思えた。
「もちろん週に5日はジムに通っとった。それがワシのアイデンティティやったからな。……だが今思えば、女に声を掛けるためだけにジムに通っているだけで、筋トレをしていると思い込みたかっただけや。……筋トレは単なるルーティンで、増量期だと言い訳をして脂肪を付けては、減量期だと言っては筋肉が落ちることも容認しとった。女とのセックスのためにジムを利用しとる本当にクズのトレーニーやった。……それでも今までの筋トレの貯金で一般の人間と比べれば身体はゴツいからプライドを保てていた。……いや保てているフリをしとっただけやったんやろうな」
……何だか、柳沢と同様に一気に話がディープになってきた。柳沢が話したAVに関しては多少理解も出来たが、長田の筋トレに関しては全く経験がないことだけに、俺には想像も付かなかった。
「インストラクターをしていたジムを辞めさせられたのは、むしろ自らの筋肉ともう一度向き合うための好機やった。ワシは引っ越して転職もした。そして新たなジムに通い、新たなトレーナーの下でまた一からのつもりでトレーニングを再開したんや。……そしてすぐに自分が生まれ変わるような感覚を覚えたんや!」
「え、でもさ女にかまけてる間も一応筋トレは続けてたんでしょ?よっぽど激しい筋トレをしたってこと?それか時間を長くしたとか?」
尋ねたのは謙太だった。俺も同様の疑問を抱いていた。この座には筋トレに関しては長田と同レベルで語れる人間が一人もいない。
謙太の疑問に長田は首を振って応えた。
「そんなことはあらへん。トレの時間も、新たに入ったジムでは最初週4日、一回1時間ほどやった。……その代わりトレーナーの人には厳しく指導されましたわ。出来ていると思い込んでいたフォーム、利かせ方、インターバルの時間……全て基本中の基本のことを見直すだけや。それが全てワシは崩れておったんや。トレーニングを再開した初期はキツくてなぁ、それだけの時間しか出来なかったというのが正しいでんな」
「……え?でも見た目はめちゃくちゃマッチョだったんでしょ?不思議なものだね」
「まったく、そうやな……。筋トレっちゅうんは、運動の部分だけやなく栄養や睡眠も含めてのトレーニングや。そうした基本は始めて数か月で全て覚えたはずなのに、女にかまけるうちに崩れまくっとったんやな……。新たな環境でトレを始めてからは、キツイ部分も大きかったが、そのキツさも一気に筋肉が生まれ変わる産声のように感じられる、そんな幸せな感覚やった。自分が大事にしとったモンが、やっと自分の元に戻ってきた!という感覚やな」
感慨深げに呟いた長田だった。
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