16話 長田⑥

「女に飽きた?……あんたマジか!?そんなセリフ一回で良いから言ってみたかったわ!」

 その言葉を吐いたのが、見るからにモテそうな色男謙太ではなく、岩石を切り出したような顔面の筋肉ダルマである長田が吐いたことが、俺にはとても信じ難かった。

「いや、黙っていても女に言い寄られるっちゅう訳やないで?ワシが女とセックスをするためには相当な努力と労力が必要なんや。……それでも20代前半くらいまでは必死になってそうしとったんやが、20代の後半に差し掛かると途端にその情熱がなくなってしもうたんや」

「ふぉふぉ、老け込むにはまだまだ早すぎる歳じゃのう」

 爺さんの言葉に長田は頭を振った。モヤモヤした当時の気分を振り払いたかった行為なのだろうか、何となく理解は出来るような気がした。


「……性欲自体はギンギンやったんやがな。もうその一連の行為に飽きてしまったというかな……イケそうな女を見極めて声を掛け、デートで金を散財し必死に女のご機嫌を取って、ようやくセックスに持ち込めた!……と思ったらベッドの上でも女のために奉仕しとるっちゅう感覚になったんや。射精の快感なんちゅうのは、長く見積もったとしてもせいぜい数秒くらいやろ?あまりに割に合わん!っちゅう気持ちが強くなってきたんや」

「いや~、めちゃくちゃ同意だな~」

 謙太がしきりに頷いていた。黙っていても女が寄ってくるであろう謙太でもそういった感覚なのが意外だった。いや、黙っていても女が寄ってくるからそうした感覚になるのかもしれない。

「もちろんワシも、ナンパやその場だけの関係を求めとった訳ではないで?若いうちに結婚しようとずっと思っとったし、付き合った女と実際にそうした話をしたこともあった。……だが上手くはいかんかった。……深い関係を求めれば求めるほど、ワシから女は逃げていきよったわ」

 そう言うとまた自嘲気味に長田は笑った。

「……ある女と別れた時ワシは悟ったんや。ワシのような人間に結婚という制度は向かんのだと。その頃にはもう、自分の見栄や性欲のためだけに女を求める気持ちもほとんど無くなっておった。……そしてワシは、自分の心の拠り所にしとった筋肉に対してもきちんと向き合っていなかったことに気付いたんや」



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