13話 長田③

「へぇ~、僕も30超えちゃったけど、今からでもやってみようかな?」

 謙太が飄々とした顔でそう呟いた。……というか30歳を超えてるのか?この男が!どう見ても20代前半にしか見えない見た目だった。

「ああ、筋トレは何歳になっても効果が出ることが科学的に証明されとる。やって損はないと思うで。……で、まあそうやってトレーニングを始めて、自分の身体が目に見えて変わってゆくのが楽しくて仕方なかったんやがな、筋トレは精神的にも良い効果をもたらしたんや」

 長田の話も思ったよりも含蓄が深く引き込まれる話しぶりだった。色々と試行錯誤をして実践してきた人間の話はそれだけ深いものなのだろう。

 ただ今のところ筋トレ話を聞かされているだけで、そこからどう性の話になるのかは俺には想像も付かなかったが。……いや別にどうしてもオナニー話が聞きたいというわけではないのだが。


 俺のそんな戸惑った表情を見て長田は、本筋を思い出したようだ。

「……そんでな、筋トレを継続してやっているとな、テストステロンとかセロトニンいうホルモンがバァーっと上がんねん。そのおかげでな毎日何となくハッピーやねんな」

「セロトニンによる精神変容、まるでドラッグですね。ふふふ」

 聞いたこともない声がして驚いた。

 どうやら発言したのは、今まで一言も喋らずほとんど表情も変えなかった、例ののっぺらぼうみたいな男だったようだ。

「……ホンマやな、丸本の言う通りや。確かに一度ハマったら抜けられないっていう意味では、筋トレもドラッグみたいなもんかもしれへん」

 のっぺらぼう男は丸本という名前のようだ。

 それにしても不気味な男だ。声が妙に甲高くどこか常人とは違う印象を与える。おまけに今までずっと黙っていて、唯一の発言がさっきのものだったのだから……俺でなくとも不気味な印象を受けるだろう。

 それに応えた長田の口調も、どこか腫れ物に触れるように慎重なものに思えた。実はこの場で一番ヤバイのは彼、丸本なのかもしれない。


「まあ、そんなわけで高校卒業を機にジム通いを始めたワシやったが、1年もするとだいぶ自信が付いてきた。……いや身体の仕上がり具合という意味では、思い返すと恥ずかしい限りやで?ただ今言った通り、筋トレをしていると気持ちはとても前向きになるんや。いや……もうちょい言うとな精神状態は無敵と言っても良い。何でも出来そうな気になるし、誰にも負けへん!って調子の良い時は本気で思えるんや。……で、そうなってきた俺が次に何をしたと思う?」

 長田が俺の方を向いて尋ねてきたが、俺には漠然とした長田の問いがよく分からなかった。何でこの男は自分の志向を俺が理解出来ると思ったのだろうか?

「……女、だな」

 今まで黙っていた柳沢が、ニヤリと例の不気味な笑みを浮かべて長田に答えた。

「そうや、流石は柳沢はん!」

 柳沢のジャストのタイミングでの合いの手が、長田はとても心地良かったようだ。



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