12話 長田②

「……アンタがガリガリだった?冗談だろ?」

 俺にはそうとしか思えなかった。

 あまりに現在の長田のイメージと違い過ぎる。長田ほどの筋肉ダルマなる為にはもともと素質がなければ不可能ではないのか?


「ホンマや。高校生の頃のワシは50キロに満たない体重やった」

「え?今は何キロなんすか?」

 向こうから慎太郎という若い男が尋ねた。

「今は75キロくらいやな。流石に、ここに入ってからは5キロ近く痩せてしまったわ」

 改めて長田の身体を見てみる。

 本人から聞いても、かつてこの身体が50キロに満たなかったとは信じられなかった。

 脚も尻も腕も胸も腹もパンパンだが、脂肪が乗って太っているのとは明らかに違う身体の詰まり方だった。……ということはほぼ筋肉だけで25キロも体重を増やした、ということなのか?人間の身体ってそんなことが可能なのか?

 ジロジロ見ていた俺と長田の眼が合う。……長田はフンっと軽く鼻を鳴らし、自嘲気味に少しだけ笑った。

「ホンマや。……でもな、昔から食う量は人並み以上やったんや。食っても食っても太くならん身体……それがホンマにコンプレックスやったんや」

「あ、めっちゃ分かるわ~!『食っても太らないなんて最高じゃん!』みたいに女の子から言われたりもするけど、マジで辛いっすよね!」

 今度は色男の謙太が口を挟んできた。確かにこの男はかなりの細身だ。

「そうなんや!食べても太られへん、っていう悩みは理解されへん。ダイエットダイエット、の風潮が今も昔も強いからな。当然男からはバカに……言っている方にはさして悪意はないのかもしれないが……されるしな。とにかく俺はそのコンプレックスが強くて何に対しても自信が持てなかったんや」

 まあ、長田の話は理解出来るものだった。

「せやから、ワシは筋肉を鍛え身体を大きくすることに全力をかけたんや。就職して多少の金が手に入ると……当時は安月給やったが実家暮らしでな、自由になる金はあったんや。今はもうワシも勘当されて一家も離散してもうてるがな……ってそんな話はどうでもええねん!」

 この場に長田のノリに付いていける人間がいれば、笑いになったのかもしれないが、この場に器用なツッコミはいなかった。笑っていい話なのか判断に困る微妙な空気だった。


 ゴホン、とわざとらしく咳をして長田が続ける。

「……まあとにかく、高校を卒業するとワシはジムに入ったんや。今でこそ筋トレやフィットネスはブームになっているが、当時はそんなこともなく、本格的なジムに通うにはワシの家から電車で30分以上かけて毎日通わなければならんかった。……仕事が終わってからほぼ毎日ジムに通うのは中々しんどかったが、ちゃんとしたトレーナーの指導でガリガリだった俺の身体はみるみる変わっていったんや」

「そういうのって体質じゃないんすか?」

 謙太が興味深そうに尋ねた。

「体質ももちろんある。筋肉が付きやすい・付きにくい体質ってのはある。……でも付きにくい人でも、きちんとトレーニングをしてちゃんと栄養を取れば間違いなく身体は変わってゆく。これは確かや。ワシの長年の経験上、間違いないと断言してもええ」

 長田の言葉は力強いものだった。この男がどういった人間なのか、まだ判断できる材料は多くないが、筋トレというものが彼にとって大きな位置を占めるものだということは間違いないだろう。

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