10話 柳沢⑧

 俺の言葉に軽くうなずき、柳沢は続けた。

「そう気付いてから俺は、最後の一発を放ち熟女ものにケリをつけた。最後の一発は記憶の中の祖母に似た女優を探したよ。……恥ずかしい話だが、泣きながらの一発だったな」

 自嘲するように柳沢は笑っていた。

「そこからは熟女ものには一切手を出してないってことか?」

「ああ。そこでAVを毎日2本観る、という自分に課した行為からも卒業した。今は……まあ今は豚箱ムショの中だからAVは観れないが……自分の好きな時に好きなAVを観て興奮している。やっと俺は今AVが好きだと胸を張って心から言えるよ」

 そう言うと柳沢は、座の皆に向かって軽く頭を下げた。


 座の皆からは軽く拍手が起こった。

 俺も心からそれに追従する。

「いや、良い話ってのは何回聞いても良いね!僕なんか感動しながら勃起してしまったよ」

 謙太と呼ばれた色男が言うと、隣の筋肉ダルマ長田も同意する。

「ほんまやな。大体の内容はワイも把握してるんやが……不思議なもんやな」

 そしてさらに向こうにいた別の男が口を開いた。

「マジでそれな!俺は初めて聞いたけど、面白かったぜ」

 身体は小柄で、表情も目もよく動く男だ。恐らくこの中で一番若いだろう。

「ふぉふぉ、慎太郎は柳沢さんとは同室で犬猿の仲なんじゃが、この座ではそうしたいざこざは関係ないからのう」

 この小柄で若い男は慎太郎というようだ。


 もう一人俺の真向かいには別の男がいた。長身で驚くほど表情の変化が見えない男だ。今も拍手はしていたが、柳沢の話に全くと言っていいほど表情を変化させなかった。

 まあここは豚箱だ。色んな人間がいるだろう。

「まあ……みんなも自分の好きなAVを追い求めることを忘れないで欲しい。大袈裟だけど、それは本当の自分を探す行為だと俺は思っている。……本当に好きなAVを見つけて最高の一発を抜く……それを目標としてこのムショ生活も頑張っていこうぜ」

 この場以外で冷静に聞いたなら、噴き出してしまうような柳沢の一言だったが、皆大真面目にうなずいていた。どうやらこれで柳沢の話は終わりのようだ。


「なあ、最後何か質問はあるかい?新入りさん」

 どうやら質疑応答のコーナーまで設けてくれる、親切な講義のようだ。

「……質問か、そうだな……」

 聞いてみたいことは色々あった。

 あんたどうせ童貞だろ?とか、せめて風俗くらいは行っといた方が良いんじゃねえのか?とか、様々な言葉が浮かんできたが、それがこの場にはふさわしくないものであることは俺も理解出来た。柳沢の話に不思議な感動を覚えたのは事実なのだ。


「最近は……ムショに入る前は、どういうAVで抜いていたんだい?」

 俺の質問に座がおっ、という反応を示す。

 意外に今まで誰も尋ねてこなかった質問なのかもしれない。

「ああ、そうだな。……最近はAVではあんまり抜いてなかったな」

 思い出しながら、という感じで柳沢は答えた。

「は?オナニーをしていなかったってことか?」

「いやいや、普通のアイドルのMV(ミュージックビデオ)で抜いてたよ」

 ……何か俺が質問を間違えたのか?言葉を反芻すると、そうではなさそうだった。

「アイドルのMVで抜く?最近のアイドルのMVは過激な水着で踊ったりするのか?」

 そう尋ねた俺に、柳沢は初めて声を出して笑った。

「はは、そんな訳ないだろ!今はコンプラ、コンプラでメジャーなアイドルがちょっとスカートを短くしただけで批判が殺到する時代だぜ。可愛い女の子たちが普通の制服を着て普通に歌って踊るMVを観て、俺はオナニーをする、っていうだけの話だよ」




 ……ダメだ。どう考えても上級者過ぎて、俺にはとても理解出来ねえわ!






(つづく)

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