8話 柳沢⑥

「そういうアンタは結局どうなったんだ?それだけ特殊なAVを観て性癖は歪みまくったんじゃねえのか?」

 俺は意地悪な質問をしてやったつもりだったが、柳沢はとても残念そうにしんみりと呟いた。

「……逆だよ。自分がいかに普通の性的嗜好の人間だったかを再確認させられた。……もちろんそうした特殊なAVも何本も観ていると、その小さな差異に敏感になり興奮するポイントみたいのが分かってくる」

「……そう言えばいまさらだが、毎回AVを観てオナニーするのか?毎回射精してんだったら体力的にも大変だな」

 話の途中だったかもしれないが、俺は湧き上がってきた疑問を留めておくことが出来なかった。

 それに対し柳沢は真っ直ぐ答えてくれた。

「頭では面白いと思っているが、勃起はしない。従って射精はしないぜ」

「……一回もか?」

「ああ、その一年ほどの時期に勃起して射精したという記憶は一切ないな」

 想像してみようと思ったが、明らかに俺の想像力では太刀打ち出来ない境地だった。

 もし全く性的に興奮しないAVを2時間まるまる観なければならない、となったら俺にとってそれは苦痛でしかない、という当たり前の想像しか出来なかった。


「……何か修行みたいだな。それからどうなっていったんだよ?」

 そこで柳沢は一呼吸置いた。

「そうだな。……それだけ色々なジャンルを巡った上で、俺は自分の性癖があまりに平凡であるということは何だか恥ずかしいような気持ちになっていた。……でも実はそうでもなかったんだ。熟女ものって知ってるか?」

「それくらいは知ってるよ」

 熟女ものとは言葉の通り、熟女を女優に据えて作られたAV作品だ。

「ああ。だがな、これも結構深い。熟女という言葉でイメージする女にはかなり開きがある。……30歳を超えた女はもう熟女だと思っているガキがいる一方で、5~60代からが初めて熟女だっていう層も多い。それよりさらに年上の女が出てくる作品もある」

「……うへぇ、マジかよ」

 ここまで様々なジャンルのAVについて聞かされてきたので、当然そうであろうことは分かっていたが……おばあちゃんとしか言いようのない年齢の女がセックスをしているのを想像するのは中々キツかった。


「……もちろん今あんたが想像しているような作品もチェックしたさ。何歳になっても人は性に対して貪欲なものだ。……実はな、俺はこの手のジャンルが一番苦手だったんだ。AVを見始めた頃は意識的に避けていたくらいだ。キャリアを重ねた人気女優が、実際には30歳を超えていることも多いだろう?それは別に全然良いんだが、作品の中で熟女役を演じられるとそれだけで嫌だったんだ。……エロは若い女に限る、とどこか無意識に思っていたんだろうな。だから俺はこのジャンルに手を出すのが一番遅かった」

「ふぉふぉ、それでも自分で決めた以上それを観ないわけにはいかんとは……柳沢さんは不器用というか真面目じゃのう」

 爺さんが微笑ましそうに相槌を打った。

 この柳沢という男はAVに呪われた男なのかもしれない。そうしたAV遍歴を重ねている時も当然実生活があり昼間は普通に働いていたわけだろう。よく破綻しなかったものだ……いや、それとも破綻したからこんな豚箱にいるのか?




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