7話 柳沢⑤

 AVへの想いを語る柳沢の言葉は続いていた。

「AVにエロを感じなくなってくるとな、カラミの部分には興味がなくなってくる。どんなカラミを見ても既に観た類似のものが頭に浮かんできて、そこで分類してしまうんだ。そんな状態になって……つまりAVにエロを感じなくなって……初めてドラマ部分にいかに製作者の愛と工夫が込められているか、ようやくそこに目を向けられるようになってきた。そして次第に俺は、カラミの内容や女優のビジュアルよりもそこを重視して観るようになっていった。……そうなるとまた俺はAVに対して興味を持って向き合うことが出来るようになっていったんだ」


 柳沢はなおも続けた。

「俺はそれから、分析をするためにひたすらメモを取ってAVを見続けた。……それと、自分ではあまり興味の持てなかったジャンルのAVも意識的に観るようになっていった」

「あ、僕は洋物が好きだね」

 口を挟んできたのはまた別の男だった。

 声の方を見ると、同性の俺でもドキリとさせられるほどの色気を湛えた男だった。

 白い肌、キリリした眉毛、涼しげな切れ長の二重の眼の上には長いまつげが上下していた。囚人は規則により一様に坊主頭なのだが、そんなことおかまいなしにこの男は色気が駄々洩れだった。環境的に同性愛に走る囚人も多いと聞いたことがあるが……理解出来なくもない、と不本意ながら思ってしまった。

 柳沢はその男の方に向き、ニヤリと笑った。

「謙太さん、ずっと言ってますもんね」

 この色男は謙太というのか。

「でも、俺はやっぱり繊細で多様性に満ちた日本のAVが好きだし、長い時間をかけて練り上げられてきた芸術だと思ってます。……それに対して海外のAVはどこか大味で、派手な女優のルックス頼みの作品が多い」

「そうなんだ……残念」

 本当に残念そうに口を尖らせた謙太という色男だったが、それをフォローするように柳沢は言葉を続けた。

「でも、日本ではあんまり馴染みのないジャンルのものがポピュラーだったり、発見は多かったですよ。……例えば壁から何の説明もなくチンコが出ていて、何の説明もなくそれを女が自分で挿入してひたすら喘ぐっていうシュールな作品群。それからハイヒールフェチが進んだものなんだろうけど、女優は一切写さないで、ハイヒールでひたすら食物とか柔らかいものを潰していく……っていう作品も立派な一ジャンルとして存在する」

「……それって、女の裸はおろか顔すら映らないことだよな?それをエロ目的で観ている人間が存在するって……なんか凄い世界だな」

 柳沢の説明に俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。

 良いのか悪いのかは判断出来ないが、AVというものが深い世界であることは疑いようがなかった。

「そうなんだ、新入りさん。よく気付いたな。……でもマニアックなAVはまだまだあるぜ。スカトロもの、妊婦もの、介護もの、近親もの、咀嚼そしゃくもの……」

「咀嚼もの……って何だよ?」

 他のジャンルは名前を聞いただけでなんとなく意味は想像出来た(決して観ようとは思わない!)が、咀嚼ものは聞いただけでは分からなかった。……嫌な予感しかしないが。

 柳沢は俺の疑問に、理解出来ないのが不思議、という表情で答えた。

「……咀嚼ものはそのままだよ。女優が口中で咀嚼した食べ物を男優に口移しで与える、っていうシーンを多用した作品だよ」

「…………」

 聞かなきゃ良かった!理解しない方が幸せなことが世の中には存在する。

 気持ち悪くなった俺の顔を見て柳沢は軽く笑った。

「くく、まあ普通はそういう反応だよな。……他にも金粉ものっていって、女優を顔も含めて全身金粉で真っ金金きんきんに覆ってしまうような作品もある」

「……C3POとセックスするようなものか?……なあ?それって誰か性的に興奮するのか?」

 頭の中で想像してみたが、俺にはスターウォーズの金ピカのロボットしか浮かんでこなかった。……だが怖いのは、その想像がどうやらほぼほぼ当たっているということだ。

「どんなに奇想天外に見えても、そうしたマニアックなジャンルには間違いなく根強いファンが存在する。AVメーカーもビジネスだ。採算が取れないと分かっている作品を時間と金を掛けて作るほどバカじゃないさ。……世の中にはそうした特殊な性癖でしか満たされない人間も存在するんだよ」

 それはそうだ。改めて言葉にすれば当然のことだが、自分の理解が追い付かなかった。

 自分が女性の乳や尻や脚に興奮するという一般的な範囲内の性欲を持っていることは、実はとても幸せなことなのかもしれない、ということを思った。

 ということは……この柳沢はどうだったのだろうか?



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