第16話 最初の村に到着した勇者の気持ち、だが見た目は村人A

荷馬車に揺られること数十分。気が付けば私たちはとある町に到着していた。


獣避けのためか集落の周りを大きな丸太の柵でぐるりと覆われた、ファンタジー世界を思わせる小規模ながらも長閑な町のように見えた。


私たちをここまで乗せてくれたおばさま方にお礼を言い、ついでに武器や防具を買える場所を尋ねると彼女らは親切にもお店の前まで案内してくれた。


スマッシャーさんは大分おばさま方に好かれていたようだが、また会いましょうと別れを惜しんで、ハルカさんとスマッシャーさんと私たちは入店した。


「いらっしゃいませ~」


そんな緊張感のない店長の挨拶を聞きながら、早速私たちは私のために装備を揃えることになった。当たり前だが、武器防具を買うといった経験はないわけで、やはり服選びとはまた違った視点がいるようでハルカさんとスマッシャーさんは私のために喧々諤々と話し合って装備を選んでくれていた。


勿論、薄布一枚しか身に付けていない私にこの世界に流通するお金を用意できるわけもなく。何から何までハルカさんたち頼みとなり、私は居たたまれない気持ちでお店の隅っこの方で邪魔にならないようにちょこんと待っていた。


「イッパツー、ちょっとこっちにおいで」


「はいはい」


来いと言われたので犬のように従順にハルカさんたちの下へ行くと、そこには布で出来た服にズボン、革製のベルトと軽鎧を身に付けた木の棒が立っていた。これを今から自分が身に付けるのかと思うとテンションが上がったが、ハルカさんやスマッシャーさんの装いと比べると些か地味であった。これでは村人Aといったぐらいだろう。


早速服に袖を通して用意してもらった装備を全て身に着け、最後に店主の女性に細かい部分まで調整してもらうと、…やはりというか当然というか見事に村人Aが完成した。


いやはや、自分のことで恥ずかしいが大変弱そうである。


しかし、文化的な必要最低限の服装を手に入れたことで安心感は格段に高まっていた。これでどこからどう見ても雄ブタには見られないだろう。


「さて、残りは武器だけど…」


そう言うとハルカさんは壁に掛けられた武器の数々を見渡した。


そこにあるのは片手で扱うような両刃の剣、先端に何かの鉱石がはめ込まれた長い杖、薪割りに使えそうなお手頃な片刃の斧、先端が鋭利に尖った長槍、見た目がシンプルな弓などなど、どれも見た目からは強そうとは言えないが、手にすればそれなりに使えそうなものばかりであった。


「う~ん、私のおすすめとしては…弓かな」


「弓ですか?でも、恥ずかしながら私は弓を手にした経験がなくて…」


「まぁ、そこら辺は慣れで何とかなるだろうし、何よりも前線から離れて戦える分、イッパツには向いているかなっと」


「成程」


武器を手にして戦った経験があるはずもない私にとって、近接武器を手にして戦うのは至難の業である。であれば、離れた所から攻撃できる弓は無難なわけで、ハルカさんとスマッシャーさんと組むのであれば私が遠距離で戦うという選択肢は悪くない。


「俺は反対ダ」


だがしかし、その案に異を唱えたのはスマッシャーさんであった。


「どうしてだいスマッシャー?イッパツは武装系のスキルじゃないんだ。前線から遠ざけるのが賢明だろ」


「男は生まれながらにして戦士ダ。戦士は遠方から敵を攻撃せズ、相手を殺す時は相手の眼を見て殺ス」


「それはオークの習慣だろ…」


やれやれと首を振るハルカさんを見て、やはり弓を選ぶべきかと思ったが、不意にずいっとスマッシャーさんが私の前に立ち塞がった。


「こいつが戦闘に慣れていないからといっテ、後方で戦わせることは勧められなイ」


「へー、根拠は?」


「いついかなる時も後方で戦えるとは限らなイ。弓の効かない狭い場所もあるだろうシ、何よりも俺たちが居ない時にどうすル?こいつには一人でも戦えるように訓練すべきダ。弓を使いたいなら後で使えるようになればいイ。だガ、まずは接近戦ダ!」


それだけを言いきると、スマッシャーさんは壁に掛けてあった武器の中から剣ではなく木こり斧のような片手斧を選んで私に差し出した。


「斧…ですか?」


「そうダ。剣は一見強そうに見えるガ、使い手の技術が問われル。それに両刃の剣は扱い辛い上ニ、剣は折れたら終わりダ。だガ、斧は違ウ!重くないから振りやすク、刃毀れしても殴って戦うことだってできル。それにいざという時には投げることもできるシ、汎用性の高い武器ダ!だから斧にしロ!オークの戦士は皆、最初は斧から戦い方を覚えル!」


スマッシャーさんは私をオークの戦士か何かにするつもりなのかと不思議に思ったが、それはさておき確かに剣や槍、弓に比べると斧は手になじんだ。他は人殺しの武器に見えたが、斧だけは便利な道具として見えその分受け入れやすかった。


「…それにダ」


「それに?」


「今後お前は多くのヒューマや他の種族を引き連れてこの世界を変えると言っタ。であれバ、先導者たるお前は前線に立たねばならなイ。安全な場所から指示を出すだけの先導者よリ、共に戦場を駆ける先導者の方が皆は勇気づけられル。強大な敵との戦闘は無理せずに俺や他の者に任せればいイ。お前は前線に立って皆を鼓舞しロ。それがお前にできるお前の戦い方だろウ」


そのスマッシャーさんの言葉は私の心にガツンと来た。


スマッシャーさんの言う通りである。危険を顧みずに共に戦う雄姿を見せることで他の人たちは確かに勇気づけられるのだろう。例え私自身に英雄的な力の無いお飾りの先導者であったとしても、お飾りならお飾りなりに取るべき手段があるというものだ。


「…分かりました。確かにスマッシャーさんの言う通りですね。私には前線で戦う武器が合っているようです。ありがとうございます」


しばらく考えた後、私はそうお礼を言ってから差し出された片手斧を受け取った。その様子に満足げな様子のスマッシャーさんだったが、一方でハルカさんは少し眉をひそめていた。


「ごめんなさい、ハルカさん。でも、スマッシャーさんの言うことは一理あると思うんです」


「…まぁいいさ。イッパツが納得するならそれはそれで。私たちも可能な限り君を守りながら戦うし、近接武器を手にした以上、みっちりと訓練してあげるよ」


「ははは…お手柔らかに」


こうして片手斧と序に鉄をあしらった小さな盾も追加で購入し、今ここに私の異世界コーディネートが完成した。


最終的に村人Aから山賊Aぐらいまでにはバージョンアップした感じだが、やはり物語の主人公の風貌からは程遠いモブさであった。本当はドラゴンの鱗で出来た鎧や世界一固い鉱石で出来た盾、羽のように軽い剣など装備したかったが、今は生存能力第一である。それにいずれはそのような伝説級の武器防具を装備できる機会もあるかもしれないし、無一文の私はこの装備一式をありがたく使わせてもらうことにした。


「よし、それじゃあイッパツの装備も整ったところで、レジスタンスの基地に行きますか」


こうしてハルカさんを先頭に、私たちは装備屋の店長さんに教えてもらったレジスタンスの基地のある場所まで向かった。


歩くこと数分、同じ町の一角に設けられた少し大きな建物。ここがレジスタンスの基地であるらしく、その入り口の上には大きな看板が備え付けられていた。


そして、そこには力強い字でこう書かれていた。


『オッス・オトコノハナゾノ』と。


何故だろう…。急に不安になってきた。

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