第14話 全ては女性のために、ブタはブタらしく死ね

時を同じくして、一命を取り留めたイッパツが謎の女剣士ハルカと大柄なオークの戦士スマッシャーの二人と決意を交わしている時、サイハテの中心都市に建つ、この国を統治する女王の権力を表すかの如く下品とも言えるぐらいに豪勢かつ絢爛に造られたその王宮にて、この国の女王を支える各領地の長たちが招集されていた。


1人は“朱壁”の名を与えられた、ローザである。


レア度“SSR”であるローザはこの国の北部の土地を管理し、北の大国グロリアスパルダからの侵攻を阻止する役割も担っている。レア度は“SSR”であるが、既に彼女はほとんど“UR”に近い領域まで成長しており、後数回“UR”との戦闘を経験すれば確実に“UR”に覚醒するのではないかと思われる程で、この国において純粋な武力だけで言えば彼女に敵う者はもはや誰もいない程であった。


他の1人は“黒槌”の名を与えられた、ダリアと呼ばれる品よくでっぷりと肥えた女性である。


レア度“SSR”であるダリアはこの国の南部の土地を管理し、南の大連合国ジャバンナからの侵攻を阻止する役割も担っている。彼女の管理する土地の大部分は沼地であり、それ故に“黒槌”の他にも“深沼地の大魔女”という呼ばれ方もするがそれは敬意を払った言い方ではなく彼女を恐れる者たちが吐き捨てる呼び名である。


他の1人は“翠嵐”の名を与えられた、アマリリスと呼ばれるこの場にはふさわしくないと思われる程に幼年の女子である。


レア度“SSR”であるアマリリスはこの国の西部の土地を管理し、各国への侵攻役兼雄ブタと雌ブタの育成の役割も担っている。彼女の管理する土地はその土地柄上、他国から直接攻め込まれる心配はない。なので、そこには複数の低能ブタ人間強制飼育管理調教兼出荷加工場、通称“牧場”が設置されている。牧場自体はこの国全土に配置されており、各領地主は自領地にて独自に雄ブタと雌ブタを飼育し彼らを女王へと献上している。その中でも、アマリリスの育てる雄ブタと雌ブタは最高級品であり、女王を初めとし中央都市に暮らす上級貴族たちには高評価を受けている。


最後の1人は“黄柱”の名を与えられた、ガーベラと呼ばれるその溢れ出る知的さが表情に出ている涼し気な女性である。


レア度“SSR”であるガーベラはこの国の東部の土地を管理し、東の大国ジャバンナからの侵攻を阻止する役割も担っている。サイハテの東部に位置するということはこの大陸のほぼ中央に位置するということでもあり、そこには他国からの商人が多く集まることからもこの国の貿易の要ともなる領地である。なので、他の領地に比べて牧場が少ない分、他国から仕入れた品々を女王に献上することで他の領地との釣り合いを保っている。


以上がこの国サイハテを支える4人の領主たちである。


王宮の無駄とも言える程に広い会議場に集められた4人は、その広さを十分に活かすためか後方に部下を控えさせながらそれぞれがかなりの距離を置いて好き好きに座っていた。


ガーベラは黙々と手にした本を読み、アマリリスは連れてきた雄ブタを弄び、ダリアは裸同然の姿をした愛用の雌ブタたちに身体中を按摩させ、そしてローザはただ静かに眼を閉じていた。


そして、しばし時間が経った後、この国を支える最強とも言える彼女らが唯一首を垂れる存在がそこに現れた。会議場の豪勢な扉が開いた瞬間、各々好きなことをしていた領主たちは一斉に立ち上がると、その頭を深く下げ現れた存在に最大の敬意を払った。


その行為は決して習慣付いたものではない。日頃頭を下げる行為などするはずもない領主たちであったが、その存在にだけは自然と首を垂れるしかなかった。頭を下げ、ただただ静かに時が経つのを待つしかなかった。


何かを引く鎖のジャラジャラという嫌な金属音とそれに負けないくらい存在感のあるヒールの足音。


そして、扉から入ってきた女性はたっぷりと時間を掛けて会議場の一番前、領主たちの椅子よりも高所に設けられた壇上にある、豪華に造られた身の丈よりも何倍もある大きな椅子に座るとそこから見える光景に満足そうに笑い口を開いた。


「よい、楽にせよ」


「「「はっ」」」


その女性の声を受け、4人の領主たちは一斉に顔を上げると先程まで座っていた自身の椅子へと腰を掛け、声の主へと顔を向ける。その視線の先、豪華絢爛なドレスと数々の宝石を身に付けた女性こそがこの国の女王であった。


その名はプロテア、この世に存在するレア度の中でも最上級の強さを誇る“UR”のクラスを持つ最強にして最恐の絶対の権力を誇る女王である。


「領主の皆様!遠路はるばるお越しいただきありがとうございました!それでは、これより緊急国会を開催いたします!!」


全員の着席を確認すると女王プロテアの傍に控えていた大臣らしき若い女性が声を上げた。


「それでは、まず!北のグロリアスパルダの侵攻の件についてですが…」


「待て」


すると突然、ハキハキとした声で進行を始めた大臣の話を、女王プロテアは軽く手を挙げて中断させた。


「そんなつまらん話はどうでもよい。そんなことは我が居ない場で貴様らだけで勝手に話し合え。貴様ら大臣どもが居るのはこのためであろう?」


「で、ですが…」


「…“ですが”?」


その瞬間、無駄に広い会議場の温度が急激に下がった。


女王プロテアの不機嫌な声に皆がぞくりと背筋を凍らせたのもあるが、それ以前に何かしらの力で会議場自体の温度が急激に下がったのだ。


「ほうほう…貴様は我に“ですが”と言える立場なのか…」


「も、も、申し訳ありません!そのようなことは決して、決してございません!!」


若い大臣は自分の言葉が女王プロテアの機嫌を損ねたと知るや否や、この王宮に通う者であれば真っ先に覚える地に伏せ額を地面にこすり付けるという絶対服従のポーズを取り、女王プロテアへと弁明する。


「そうか…そうか…、では我に謝罪すると申すのだな?」


「はっ!心から謝罪いたします!無礼な発言を致ししてしまい、大変申し訳ございませんでした!」


「…んー、ダメだ。それでは我の機嫌は直らんな」


「そ、それでは何を致せばお許しをいただけますでしょうか!」


「…では、この場で漏らしてみよ」


「も、漏らす…とは?」


「小便垂らして乞うてみよ、そう言ったのだ」


「……っ!」


この国において女王プロテアの言うことは絶対なのである。彼女が「床を舐めろ」と言えばどんなに汚れていても床を舐め、「裸になって踊れ」と言えば大衆の面前であっても裸になって踊らねばならない。まだ、「この場で死ね」と言われなかっただけマシだと思い、若い大臣は恥を捨てて決意した。


「…ぅ!…く!……っ!」


若い大臣は溢れ出る涙と声を抑えながら、床に頭を付けたまま着衣したままの状態で小便をしてみせた。音は無かったが、よく冷えたおかげで彼女の股間からは湯気が立ち込め彼女が小便をしたことは一目瞭然であった。


「あっはっはっはっは!!!こやつ本当に小便を垂らしおった!!!」


「…ぁぐ!…ぐぅ!…ぅ!」


若い大臣の醜態のおかげですっかり上機嫌になった女王プロテアが笑うと、先程まで凍る程に冷たくなっていた会議場の温度は元の温度へと戻りつつあった。


「そ…!それでは!これでお許しがいただけたということですね…」


「…そうだな」


結局、恥ずかしさで涙を鼻水も垂れ流してしまったが、命は助かったことから満面の笑みを浮かべながら顔を上げた若い大臣であったが、その彼女の目に映ったのは汚物を見るような女王プロテアの冷たい眼であった。


「だが、人前で小便を垂らす大臣など要らぬ。死ね」


「…あ」


その一言が彼女の最後の言葉となった。


直後、若い大臣は全身が凍りついて死に絶えた。彼女を中心に床一面も凍り付き、彼女は見事な氷の彫刻と成り果てた。


そして、そんな氷の芸術となった彼女に向かって、女王プロテアは手にしていた扇子を投げ、それが見事に若い大臣だった氷の彫刻の額にぶつかるとそこから亀裂が全身に走り、崩壊した。


「はっはっは!!!見たか!粉々に砕けよったぞ!!」


まるで的当てのゲームでもしているが如く、的に当たったと大喜びする女王プロテアに対し、周りに居た者たちは領主含め全員が喝采の拍手で女王プロテアを褒めたたえた。


「よいよい、余興はこの辺にしておこう。…おい、それは貴様らで片付けておけ。もう目障りだ」


「「「畏まりました」」」


先程まで生きていて、その後氷の彫刻となって、今は氷の残骸となった若い大臣を「それ」呼ばわりすると、女王プロテアは再び豪華な席に付いた。


女王プロテアが命令すると即座に、彼女と一緒にこの会議場へやってきた首輪を付けられた男性たちは慣れた手つきで氷の残骸を片付ける。


「司会進行が居なくなったな。…おい、ブレアン。貴様が引き継げ進行しろ」


「畏まりました。女王陛下」


今度は少し年老いた大臣らしき女性が前に出ると、彼女は慣れた調子で会議場に集まった領主たちに向けて話し合いを始めた。


「それでは国勢問題は飛ばし、各領地の雄ブタ・雌ブタの調教、出荷状況のご報告をお願いいたします」


先程人が死んだというのに、その会議場に集まった者たちは何事もなかったかのように会議を再開し始めた。


これがこの国の現状なのである。


絶対強者である女王プロテアが全てであり、国民たちは彼女の矛先が自分に向かないことだけを祈って生き、そのすぐ横で誰が死のうとも「自分ではなくて良かった…」と安堵するだけで怒りも悲しみも苦しみも表に出すことは許されない。


では、こんな国を放っておいて他の国へ逃げた方が良いと、この世界を知らぬ者たちはそう思うかもしれない。だが、この国で起きる惨状は他の国でも特に大差はない。むしろ、絶対強者が一人しかいないこの国の方がまだ生きやすいのかもしれない。


それがこの世界の現状なのである。


レア度という概念に縛られた、この狂った世界の姿なのだ。

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