第13話 “レア度”という願い、“レア度”という呪い

ハルカさんの丁寧な説明のおかげで、私はまた自分の居るこの世界について1つ詳しくなることができた。


オークやらビースターやら、果ては魔王やら勇者やら、そこはファンタジーな世界ということで飲み込んで、私の居るこの場所も「サイハテ」という我々と同じヒューマが支配する国ということも理解した。


だが、世界を救った勇者が現状の低レア度の男性しか生まれない環境を望み、それを実現させた。それについては全く納得がいかなかった。


つまりは、諸悪の根源はその少女勇者アンリの願いの所為というわけになる。


何の見返りもなく世界の人々のために魔王を討伐した勇者が何故そのような暴挙に出たのか、それは私が逆立ちしても到底思いつけることではない。


しかし、勇者の呪いのような願いの所為で私と多くの男性たちと低レア度で悩む者たちがいるのは事実であり、それを変えられる可能性は我が手にあることも紛れもない事実であった。


「…」


ハルカさんの説明の後、私はただ黙ってその可能性の力がある左手を見つめた。


あの“朱壁”のローザに奇襲を仕掛けた挙句に失敗し、切断された左腕。よく分からない自己再生能力のおかげで切断部分から生えてきたのか、それでも左手はぎこちないが正常に動いていた。


タクジさんやコリアさん、ミナナくんにカーシャちゃん。それにあの場所に居た多くの男性たち。彼らの命を犠牲にして私のリロールというレア度振り直しの能力は死守された。


勿論、カーシャちゃんたちの死が確定したわけではない。もしかしたらあの状況から起死回生の一手でローザを撃退したかもしれない。だとすればこんな所で閉じこもっている暇はなく急いで彼らの下へと帰るべきである。


…そう思う自分の一方で、命の危機を抜け出してどこかほっとしている自分が居た。


私は異世界を救うために神に選ばれてやってきた英雄でも救世主でもない。むしろ、前世までの行いを罰するためにこの異世界に送り込まれた罪人である。何処にもこの異世界のために命を懸けるべき理由はない。ならば邪魔にならない程度でハルカさんとスマッシャーさんの旅に同行させてもらい、着の身着のままの生活も悪くない。その道中、ハルカさんやスマッシャーさんが死ぬようなことがあれば私も便乗して死ねばいいだけの話である。この命は所詮前世のおまけである。おまけならいつ死んでも悔いはない。


そう、もう一人の自分が言い聞かせてくる。


その理屈も分からなくはない、分からなくはないのだが…腑には落ちなかった。飲み込もうとしても、自分の意思なのかそうでないのか、とにかく喉の奥で引っ掛かって気持ちの悪い状況だった。


「大体説明はこんな感じだけど…それで、イッパツはこれからどうする?」


そんなハルカさんの質問にハッとなって彼女を見つめる。ハルカさんも私の瞳をじっと見つめており、その質問がただの世間話ではないことを物語っていた。


「これからどうする?」というのは私のこれからの方針を聞いているのだ。


意識の無い状態で川から流れてきたこんな小太りな私を救助してくれる優しさを持つハルカさんたちである。一緒に着いて行きたいと言えば快く了承してくれるに違いない。


「私は…」


迷いつつも「お二人と一緒に着いて行きたい」そう続けようとして、一瞬カーシャちゃんたちの姿が脳裏に浮かんだ。そして、私は自分の命の使い方を考えた。いや、決断した。


「私は?」


「…私は、元々居た場所に帰ろうと思います」


その答えにハルカさんとスマッシャーさんは目を丸くし「へー」と「ほウ」とだけ答えた。


「助けていただいたことは感謝します。でも、私はどうしてもあの場所に帰らないといけないんです。まだ誰か生きているかもしれない。もしかしたら皆無事で私のことを待っているかもしれないんです」


「「……」」


「皆と約束したんです。この世界を変えるって、レア度なんていう柵のない世界に変えようって。そう提案した私に皆さん賛同してくれました。そんな皆さんを放ってはおけませんから」


それだけを伝えると先程まで喉の奥で引っ掛かっていた何かはすっかりと消えており、こんな湿った洞窟の中なのに気分は晴れ晴れとしていた。


「成程ナ。それで貴様はその安い正義感で仲間を助けに行くト?」


その私の回答に口を挟んだのはスマッシャーさんであった。


「…悩みました。悩みましたが、これが私の悔いの無い選択です。皆さんに出会わなければここまで来れなかった命。だとしたら皆さんのために使うのが一番悔いがない」


すると、いつの間にかスマッシャーさんは立ちあがっており、その洞窟の天井にまで届きそうな巨体で私を見下ろしていた。


「俺たちオークの中デ、最も恥ずべき死に方は犬死ダ。何もできズ、何も残せズ、死ヌ。そんな奴は愚か者だと俺は教えられタ。貴様はどうダ?無事かも分からない仲間のためニ、独り死にに行くような貴様は愚か者カ?」


「私は愚か者ではありません。このまま何もしない私が愚か者です」


その回答が果たしてスマッシャーさんにとって正解かどうかは分からなかったが、しばし険しい顔をした後、彼はその勇ましい顔を歪ませた。


「ガッハッハッハ!!気に入っタ!確かに貴様は馬鹿ではあるガ、愚か者ではないようダ!!」


その豪快な笑い声で洞窟中がビリビリと揺れ、崩落でもするのでなかろうかと心配になったが、笑い声はしばらくして治まった。


「ハルカ、やはりこいつを助けて正解だったナ!こいつを俺たちに同行させよウ!」


「…同行?」


満面の笑みを浮かべたままドシンと音を立てて座り直したスマッシャーさんの視線の先、ハルカさんはやれやれといった様子で微笑んでいた。


「すまなかった、イッパツ。君を試すようなことをしてしまって。実は私たちの目的も君と同じなんだ」


「それって…つまり…」


「そう、私たちもこの世界の仕組みに、レア度重視する世間や男性蔑視の社会をどうにかしようって考える…馬鹿者たちなんだ」


ハルカさんはそういうと悪戯っぽく微笑んだ。どうやら二人して私の真意を聞き出そうとしていたようだった。


「それで、イッパツ。君のその力、リロールは本当にこの世界の仕組みをひっくり返すような素晴らしい力だ。どうかその力を正しいことに、この歪んだ世界を正すために使ってくれると…約束してくれるかい?」


そう言いながらハルカさんの細くて綺麗な手が差し出された。


もう迷う必要はない。


この手を握ればまた私は命を懸けた戦いに身を投じなければならない。相手はソシャゲの設定のような“UR”だか“SSR”だかの肩書を持った選ばれし女性たちで、対する私は薄布一枚の小太りの男である。しかも、レア度“R”のソシャゲなら敵にもならないモブ雑魚敵であろう。


でも、私にはそれを変えるリロールという能力がある。


一緒にこの革命を成し遂げようとしてくれる仲間がいる。


そして、こんな私のために命を繋げてくれた人々の思いがある。


だから、もう迷う必要はない。


私は差し伸べられたその美しくも逞しい手を掴み、そして立ち上がった。

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