第二章 男は目覚め、この世界を変革する策と仲間を探す

第11話 英雄の始まり、それがまだ小さな一歩でも

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「うわぁぁっ!!」


目が覚めて跳び起きると、そこは見覚えのあるアパートの一室であった。見覚えのある天井に見覚えのある家具類、ここは私が社会人になって暮らし始めた小奇麗なアパートである。


よく思い出せないが、さっきまで酷い悪夢を見ていた気がする。突然、異世界に飛ばされて、そこでは男性は虫けら同然のように扱われていて、レア度とかいうソシャゲの設定みたいなルールがその世界にあって、何もかも馬鹿馬鹿しい夢だった。


「おう!おはよう、イッパツ!朝から大声上げてどうした?」


「あぁ、おはようございます。タクジさん」


「何か悪い夢でも見ましたか?」


「えぇ、でもそれがよく思い出せないんですけどね。コリアさん」


「汗かいたらシャワー浴びちゃえば?」


「そうですね。仕事に行く前に少し浴びてきますよ。ミナナくん」


私は、部屋でくつろぐタクジさんらの間を抜けて浴室へと向かった。


「あー、汗でびしょびしょだよ」


「ちょっと!!何急に入ってきてんのよ!!この変態!ブタ!!」


「うわー、お約束ー」


だが、浴室へ行くと先に浴室を使っていたカーシャちゃんとばったり出くわしてしまった。


「おや?どうしましたか、イッパツさん?」


「いやはや、浴室に先客がいました…」


「それは災難でし…」


突如、轟音と共に窓ガラスが砕け散り、そこから飛来した何かがコリアさんの頭を粉砕した。


「…コリアさん?」


「イッパツ!お前は逃げろ!!」


次の瞬間にはタクジさんが開いた窓ガラスから次々に飛んでくる矢を受け身を呈して私を守ってくれた。


「…タクジさん?」


「イッパツさん!こっち!」


次の瞬間にはミナナくんが私の手を取ってアパートの入口へと連れ出そうとしてくれたが、彼は掴んだ手だけを残して血だまりとなった。


「…ミナナくん?」


「…イッパツ」


そして、気が付くと玄関入口まで続く廊下にお風呂上がりのカーシャちゃんが悲し気な表情で立っていた。


「…カーシャちゃん」


沼に嵌まったかのように足元が急激に重くなったが、ゆっくりゆっくりと彼女の元へと駆け寄る。


不安そうに立ち尽くすカーシャちゃんの後方、あの不吉な赤黒い甲冑を着た女が入口から入ってきた。その手には甲冑と同じくらいに赤い槍を持っている。


「カーシャちゃん!カーシャちゃん!!」


もう普通には歩けず、重たい体を這ってカーシャちゃんへと近づく。あと少し、あと数センチで彼女に届くところまで来た時、カーシャちゃんはニッコリと笑った。


「…この世界を救って」


そう言うと、カーシャちゃんの顔は笑顔のまま床を這う私の横へぼとりと落ちてきた。


見上げると頭の無いカーシャちゃんの体と、その横で朱い槍を構えるローズの姿があった。


そんな彼女は私を見下ろしながらもけらけらと笑っていた。


一体何がそんなに楽しいというのか。人の命を簡単に奪うことの何が楽しいというのか。その答えは分からないまま、惨めに地べたを這う私に向かって何の躊躇いもなく朱槍が振り下ろされた。


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「あああぁぁっ!!!」


動かない体を無理やり動かして跳び起きると、そこは見覚えのない洞窟の中であった。光源は近くにある焚火と入口から差し込む日差しだけで、私の居る場所はじめっと湿っていて薄暗かった。


ここは紛れもない異世界で、さっきのは間違いなく夢であった。


こっちが夢であればと何度も目覚めようと頬を叩いても、残念ながら頬が痛むだけでこちらが現実なのだと痛感するだけである。


「雄ブタは寝起きに自分を痛みつけるのが習慣なのかい?」


「うわぁっ!?」


不意に真横から女性の声が聞こえ、私は転げるようにして距離を取った。すると、そこにはうすぼんやりとしてよくは見えなかったが確かに人間の女性がいた。


肩まで伸ばした長い黒髪に、可愛いというよりも美しいといった方が合う綺麗な顔立ちをした、程よいおっぱいをした女性がそこで寝そべっていた。


全裸で。


いや、薄布を羽織って寝ていたので正確には全裸ではなく半裸と言うべきかもしれない。


いやいや、そもそも何故この女性はこんな洞窟の中で察するに私と密着して寝ていたのであろうか。全裸で。


「あ、貴女は…?」


「私の名前はユメリア・ハルカ。ハルカでいいよ。そちらは?」


「私は…佐藤…、ではなくてイッパツです…。ただのイッパツ」


「タダノ・イッパツ…さん?」


「じゃなくて、イッパツだけです」


「あー、成程ね。イッパツ…イッパツ…はい、覚えた」


ハルカさんと名乗った彼女は、私と普通に話をしながらさっさと近くに置いてあった自分の服に着替えてしまった。薄い布地に最低限体を守れるだけの軽鎧、腰には剣を差して、見た所さすらいの女剣士といった具合の服装であった。


「それじゃあ、イッパツも着替えた方が…ってそういえば、君の服?は下着だけだったね。あれはあそこで乾かして…あ」


「え?…あ」


ハルカさんの指差した先、焚火の近くで干されていたであろう私の一張羅は飛んできた火の粉が引火してかメラメラと燃えていた。そして、火に包まれたかと思いきや次の瞬間にはあっという間に黒い消し炭となりさらさらと地面へと帰っていった。


「あっちゃ~、ごめん」


私が前世から持ち込めた唯一無二の存在であるパンツであったが、彼はここで燃え尽きてしまった。別にそれが悲しかったわけではなかったが、その光景が引き金となって忘れていた…忘れたいと思っていたカーシャちゃんたちとの光景が蘇り、私の目からボロボロと大粒の涙が流れ始めた。


「ど、どうしたんだイッパツ!?ごめんって、そんなに大事なものって知らなくてさ…」


「ち、違うん…です。そうでは…なくて…私は…私は…!」


上手く説明できずに申し訳なく思い必死で取り繕うとしたが、口から出てくるのは嗚咽ばかりで上手くハルカさんに伝えられないのがもどかしい。それにこんな歳になって泣きじゃくるなど恥ずかしい上この上なく、ハルカさんも呆れているかと思いきや次の瞬間には彼女はそっと私を横から抱きしめてくれた。


「大丈夫、大丈夫だよ、イッパツ。ここには君を傷つける人はいない」


密着した体から伝わる熱はどこか懐かしく、そして優しかった。その言い知れぬ安心感にどっと涙が溢れ、私はもはや尊厳などお構いなしにハルカさんに抱き着くようにして泣いた。そんな私に嫌がる素振りすら見せずに、ハルカさんは黙ってそっと私を抱きしめてくれていた。


「イッパツ、君に何があったか話してくれるかい?」


そんなハルカさんの問いに私は途切れ途切れにこれまでの経緯を話した。勿論、異世界云々という件は記憶喪失ということで流し、これまでのことをこの世界の無常さをレア度というふざけた概念を、そしてタクジさんやコリアさん、ミナナくん、カーシャちゃんに対する思いと謝罪をありったけぶちまけた。


いつまでこうしていたのであろうか。思いの丈を打ち明けて、恥も外聞も捨ててハルカさんへと全て告白した。それからしばらく話疲れて黙ってしまったが、その間もハルカさんは片時も離れることなく私の傍に居てくれた。


「成程ね。そういう経緯でイッパツは川から流れてきた…と」


「その件は助かりました。ハルカさんが助けてくれなかったら今頃…」


「いいさ、いいさ。私は偶然見つけたわけだし、人が流れてきたら放って置くこともできないだろう?」


その言葉にじーんと胸が熱くなった。この世界の女性は皆男性を豚か虫けらかと思っているものと理解していたが、どうやらそうでもないようだ。ハルカさんのように男性にも優しい女性もいる。それが分かっただけでまた一つ希望が持てた。


「川から引き揚げた時にイッパツは凄く体が冷えていてね。体…というよりももっと内側から冷え切っている感じだったから、申し訳ないと思いつつも私たちで君を温めたんだ」


「本当にそこまでしてくださってありがとうございます。ハルカさんのおかげで何とか一命を取り留めることができました。…ん?私“たち”?」


ハルカさんのその言葉に少々引っ掛かることがあった。先程から私がわんわんと泣いているこの洞窟には私とハルカさん以外の人間の姿は見当たらない。


「あぁ、それは…」


泣き止んだ私からそっと離れ、お尻に付いた汚れをパッパッと払いながらハルカさんが説明しようとしたが、突如洞窟の入り口から差し込む光を遮るようにして何かが洞窟へと侵入してきた。


のっしのっしとその体重の重さを思わせる歩き方をするそれは人ではなかった。見た目から性別で言えば男性なのだろうが姿形は人に似ていても、光る犬歯に強面な顔、丸太の様に太い二の腕や着込んだ分厚い鉄板の鎧、極めつけに抹茶やコケのような黒い緑色の肌から同じ人ではないことは明らかだった。


彼は、前世のファンタジーゲームなどによく敵として登場するオークと呼ばれる生き物そのものであった。


「全く…話が長いゾ」


「ごめん、ごめん外で待ってた?」


「その男が泣き出した辺りからナ。ほら、鳥を取ってきタ。肉を食って腹を満たそウ」


「ありがとねー」


だが、その敵対者?に対しハルカさんは全く怯むことなく、コンビニで買ってきたつまみでも受け取るが如く、気軽にオークが手にしていた数羽の鳥を受け取っている。


「ン?どうしタ?そんなとこで突っ立テ?」


「あ…あ…あ?」


私の前にずんと立つオークに私は失礼ながらも指差してハルカさんに言葉にならない合図を送った。


「あー、そうか!イッパツは牧場暮らしだったから“戦人族オーク”について知らないのか。彼はスマッシャー、“戦人族オーク”の戦士で訳あって一緒に行動しているのさ」


「む、無害なんですか?」


「無害とは何ダ!無害とハ!これだから“天人族ヒューマ”は好きになれン…」


ぷんぷんと怒りながらスマッシャ-さんは焚火の近くにどんと座ると、そのままゴソゴソと食事の準備へと取り掛かった。


「さぁ、イッパツもこっちに来て手伝ってくれ。その間に君が忘れてしまったことを色々と説明してあげよう」


初めて見るファンタジー全開の生き物に怯えつつも、私は手渡しされた薄布で股間を隠すとスマッシャーさんとハルカさんとともに焚火を囲むようにして座った。

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