第9話 SSRの壁は険しく、ただブタは狩られるのみ

“覇気”という言葉がある。


“覇”とは旗頭つまりは集団の長に立つ者であり、周りの人々よりも武勇や知識に優れた者も指し示す。


その様な“覇”を持った人々は度々歴史上の重要な特異点に現れては時代を動かし、また、その様な人々には独特の気配が周囲の人々には見えたという。


その気配こそ“覇気”である。


そして、まさにその覇気を持った女性が我々の前に突如として現れた。


とはいえアニメや漫画、ゲームではあるまいし、「覇気を持った」と言ってもキラキラに光る謎の光線を身に纏っているわけではない。


例えるなら、プレッシャーである。獅子が獲物を狙う時に放つ重圧とも言える。


その女性を見た者たちが彼女から目が離せなくなり、口に溜まる固唾を飲み、足がピクリとも動かなくなる。背中を流れる嫌な汗も気にならなくなり、ただただ彼女の次の言動ばかりに注意が削がれ、だが彼女が次に何をしたところで我々には成す術はない。


「この有様は…どういうことだ?」


この忌まわしき施設を奪取したことで意気揚々とし、先程まで私含めて飲んで食べて歌って騒いでいた男たちは一斉に静まり返った。コリアさんを初め、仲間の数人が彼女の一振りでその命を失ったというのに、我々はその事実に激昂して彼女に殴りかかることすらできずにいた。


「女王陛下の貢ぎ物に打ってつけの雄ブタが手に入ったからと、私自ら赴いてみれば…何だこの有様は?ここでは雄ブタは放し飼いにされているのか?」


やれやれと呆れた様子で辺りを見渡す女性は、カーシャちゃんの言葉を信じるのであれば“朱壁”のローズと言うらしく、女神が彼女に授けたレア度は初めて遭遇する“SSR”だという。


正直リロールの力を手に入れてレア度という概念を攻略したつもりであったが、もはや“SSR”は我々とは別次元にいる存在に思えた。よく「象と蟻の差」などと言うが、それでもまだ戦う余地があるが、今の彼女と我々は「戦車と綿埃」のようにそもそも戦うという次元にないといった様子である。


「何を黙っている…答えろ、雄ブタども」


いつまでも独り語りをしているのに飽きたのか、ローズは徐に手にした朱槍を振るった。その衝撃で風が起こり、周りの建物や木々は揺れ、そして近くに居た男性たちはバラバラと砕け散った。


人の命が、また軽々と奪われた。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!よくも仲間をぉっ!!!!!」


その時、皆がローズの重圧に押しつぶされる中、一人タクジさんだけは掛け声とともに彼女へと突き進み拳を構えた。


リロールの力でレア度が上昇している今のタクジさんの拳は地面を抉るほどに強化されている。であれば、流石の“SSR”とはいえ無傷とはいかないであろう。幸運にもまだ彼女は我々をただの“N”や“R”しかない雄ブタだと軽んじている。単身での特攻は得策とは言えなかったが、不意打ちとしては上出来である。


…そう思ったが、タクジさんの打ち込んだ渾身の一撃はローズに命中したものの、当の彼女はビクともしなかった。


「な…!?」


「ほう…確かに良い雄ブタに仕上がっているようだが…、主人である女性に手を上げるとは躾がなっていないなぁ!!」


身を翻し朱槍を回すローズ。タクジさんもただ見ているだけでなく両手を体の前で交差させて防御の構えを取りながら後ろへと大きく下がったが、パッと弧の形を描いて鮮血が飛んだ。


「ぐああぁぁっ!?う、腕がぁっ!!」


肘から片腕を失い転げまわるタクジさんを見て、漸く命の危険が恐怖に打ち勝ち皆が動けるようになったものの、ローズに立ち向かおうという意思のある者がいるわけもなく皆散り散りに逃げ始めた。


「く、くそ!冗談じゃねぇぜ!!折角雄ブタ生活とはおさらばできると思ったのによぉ!!」


「“SSR”の化物なんかに、か、敵うわけがねぇ!!」


「雄ブタどもを逃がすな。抵抗するなら殺処分して構わん」


「「「はっ」」」


一度は牧場から脱出ということで、身を奮い立たせて一致団結した我々であったが、レア度上昇という奇跡を前にしても立ちはだかる更に強靭なレア度のクラスを前にして、もはやレア度の概念を破壊して男女平等の世界を創ることなどは絵空事であるという現実を叩きつけられた気がした。


ローズが引き連れてきた女性兵が次々と逃げる男たちを捕まえるか処分していく中、急に私の手がぐんと引かれた。


「イッパツさん!あなたも逃げてください!」


「ミナナくん!?で、ですが…この状況を打開しないと…!!」


「コリアさんは…殺されましたし、あのタクジさんですらあの有様なんですよ!それに見てくださいよ!!もう皆逃げるのに必死で…この状況で何ができるって言うんですか!?」


先程まであった数の利は…もうない。“SSR”の前にはレア度強化による抵抗も無意味。一発逆転の技などもう存在しない。


そう思ったが、私はふと自分の手を見つめた。


右手ではなく、左手だ。私の左手には触れた者のレア度を下げる『下方修正ダウナー』の能力がある。これをローズに使えたら、この場をひっくり返すことができるのではなかろうか。男性を取り押さえる様子を見る感じだと、ローズのお供の女性兵たちはローズほどのレア度がないように見える。あっても“SR”が限度だろう。


となれば、“SSR”のローズさえ弱体化できれば全てが解決する。“SSR”のローズが“N”になって我々に負ける様を見れば、他の女性兵たちの士気は下がるし、逆に絶望に打ちひしがれる男性たちは士気を取り戻す。


この状況を打開する手段はもうこれしかない。


「ミナナくん!援護をお願いします!」


「え、援護って!?イッパツさん、何をするつもりですか!?」


「あのローズっていう女性に…リロールを使います!!」


「そんな無茶なって…あぁ!もう!!援護します!!」


ミナナくんを信じて私は一人駆け出した。


他の男性たちがローズを中心に蜘蛛の子を散らすように逃げる中、私はその間を縫って彼女へと接近した。どうやら私にもレア度の恩恵があるらしく、“R”もあれば思った以上に体が動く。


「おばさん!こっちだよ!『サンダーボルト・エッジ』!!」


そして、私が居る方向とは大きく離れた場所からミナナくんの声が聞こえ、次の瞬間には彼の手から幾つもの雷光が彼女目掛けて飛翔した。


「ふむ、中々の魔法だ。しかし…この牧場の雄ブタどもはどうなっている?これは“R”の範疇ではないぞ…」


ミナナくんの雷魔法でローズが怯めば最高であったが、彼女は飛んでくる枯葉をいなすが如く朱槍でひょいひょいと雷を逃がしている。だが、大いに隙が出来ている。追撃の雷魔法が止んだ後、私は全神経を足と左手に集中させて跳び出した。


リロールを使うには相手の胸部に触れなければならない。素肌でなくとも効果があることを祈って駆け出す。


「ん?」


ミナナくんに注意がいっていたローズを注意がこちらへと向く。だが、まだ彼女は余裕の表情でただ立ち尽くしている。


ローズまであと少し、少々早すぎた気もしたが私は左手を前に突き出し叫んだ。


「リロール!!」


そして、その掛け声と共に私の左手はローズの甲冑へと届いた。


…否、左手のみがローズの甲冑へとぶつかっただけで、その左手は私の体とは分離していたのだった。


「ああああぁぁぁっ!!!!??」


左腕の肘から先がまるで燃えているように熱く。痛いのか熱いのか、切れているのか燃えているのか分からなかった。


分かるのは奇襲が失敗した。その事実だけだった。


「何をするつもりだったのかは知らないが…反抗的な雄ブタは殺すだけだ」


霞む視界の端でローズの手に持つ朱槍が怪しく、恐ろし気に赤黒く光る。


そして、その槍先は私の首を目掛けて音もなくただ冷徹に振り下ろされた。

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