第8話 “鳴く”雄ブタと“泣く”雌ブタ

そこからの展開はあっという間であった。


“R”以上の力を手に入れた男たちは雪崩となって施設中を駆け回り、次々へと女性たちを拘束していった。ほとんどの女性たちが油断していたのもあってか、あれよあれよと家畜小屋の前に拘束された女性たちが集められ、そして最後にはあのビローゼまでもが拘束された姿で他の女性たちの下へと突き飛ばされたのであった。


「はははっ!やったぞ!!俺たちは遂に成し遂げたぞっ!!!」


「「「おおおぉぉ!!!!」」」


拘束された女性たちを前にして、漸く実感が湧いてきた我々は初めての自由に震え、泣き、そして叫んだ。こんな生活を送る羽目になって数日の私でさえこれほど嬉しいのだから、十数年間ここに閉じ込められてきた他の皆さんの嬉しさは一入に違いなく、どこを見ても皆男泣きをしていた。


「イッパツ!!」


「どわぁっ!?」


そんな皆さんの様子を見守っていると、不意に泣いているのか笑っているのか分からない顔をしたタクジさんとコリアさん、それにミナナくんが飛びついてきた。


「お前、本当にすげぇよ!!何だよリロールって!何だよ、そのスキル!!」


「いやはや、レア度が変わるだけでこんなにも見える世界が変わるとは思いませんでしたよ」


「そうそう!僕なんか見てよ!前までは静電気ぐらいしか出せなかったのに、今ではあんな大木を折れる魔法を使えるんだよ!!凄すぎだよ!!」


「あぁ!これも全部イッパツのおかげだ!!お前が俺たちの救世主、いや男たちの英雄だ!!そうだろぉ!!皆っ!!!」


タクジさんの声に周りの皆さんも喜びと感謝の声を上げ応える。


このように感謝されるのは生まれて初めてのことでこそばゆい気もするが、不思議と嫌ではなかった。


「よっしゃーっ!!!俺たちの自由を祝うためにも、好きなだけ飲んで食うぞぉっ!!!」


「「「おおぉぉっ!!!」」」


すっかり上機嫌なタクジさんはひょいとミナナくんを小脇に抱え、他の皆さんに交ざって祝いの酒盛りを開始し、その一方で至って冷静なコリアさんは私と共に男たちが騒ぐ光景を見守っていた。


「それで、イッパツさん。これからどうなさるのですか?いつまでも女性たちをこのままにもしておけませんし…」


私とコリアさんの目線の先には我々が押し込められていた家畜小屋があり、今はその中にビローゼを始めとするこの施設内にいた女性たちを拘束し閉じ込めている。


「一番の手は彼女らを始末することですが…」


「それは絶対にしません」


コリアさんの提案に私はきっぱりと反対した。考えが甘いと言われるかもしれないが、女性に報復するのは間違っていることだと思うし、それをしてしまえば今度は男性が女性を支配する世界へと突き進むしかなくなってしまう。そうなれば堂々巡りであり根本的な解決にはならない。


「確かに、我々男性の置かれているこの世界の状況は変えなければなりません。でも、だからといってそれと同じことを女性にすることは間違っています」


「ははは、イッパツさんならそう言うと思いましたよ。…なら、どうするんです?」


「私は…男女の差がない、平等な世界を作りたいんです」


「平等…?」


「レア度にも性別にも囚われずに、お互いがお互いを尊重して助け合える世界。そんな世界を私は目指そうと思います」


「ははは、イッパツさんのお考えは壮大過ぎてさっきまで雄ブタだった私には理解しづらい話ですね」


「そうですか?」


「でも…でも、そんな世界…実現できれば素敵なことだということは何となくですが分かります」


「それは有り難いです」


「それでは、具体的にこれからどうしますか?」


「そうですね…」


これからのこと、急いては直近の問題に対し私の考えを述べようとしたが、その時、1人の女性が目の前に現れた。


「…カーシャちゃん」


最早レア度“N”となり無害で1人拘束されていない彼女は怒りでも悲しみでもない空虚な表情でふらふらと私の前に歩み寄る。


「ねぇ、満足…?今まで自分たちを見下してきた女性を捕まえて。それで、今度は私たちをどうするつもり?皆のレア度を“N”にして、以前のお前たちと同じことをするの?それとも腹癒せに甚振った後に殺すの?」


「…」


「今までのことは謝る。何でも言うことも聞く、命令には逆らわないと誓う。い、いくらでも奉仕する。だから、雌ブタだけは許してくれ…いや許してください。いやだ、あ、あんな惨めな生き方だけは嫌だぁっ!!」


カーシャちゃんの表情に色が戻ってきたかと思えば、彼女は怒るわけでもなく何故か子どものように泣きじゃくり私に泣きついてそう懇願してきた。


「め、雌ブタ?」


何も言っているのかさっぱりであったが、その私の表情を読み取ってかコリアさんが解説してくれた。


「我々男性同様に、家畜のような扱いを受ける女性がいるんです。主にレア度が低い女性が多いですが、それが“雌ブタ”です」


「な、何でですか!?女性同士でどうしてそんなことを?何の意味が?」


「意味…ですか。一般的には雄ブタの量産とレア度の高い女性を産み出すのが目的でしょうけれども、おそらくは憂さ晴らしですよ」


憂さ晴らし?男性たちを家畜のように扱って甚振って、それでも飽き足らないというのか?


「同じ女性が惨めに弄ばれる様は、男性を甚振るのとはまた別の快感を得られるのでしょうか…。都会に行けばそういった趣向の見世物小屋がいくつもあると聞きますし、ここにはありませんが場所によっては雄ブタと雌ブタの両方を飼育している牧場もあるそうです。それで、そこでの雌ブタの扱いは…雄ブタの方がマシと思えるほどに悲惨なようですよ」


その説明に返す言葉がなかった。


何なのだ?この世界は何故にここまで狂っているのか?


男性を雄ブタと呼び家畜のように飼育して楽しむのでさえおかしいというのに、その上レア度で順列を付けて同じ性別の女性でさえ家畜のように扱うなど、最早悪魔の所業である。


“地獄”。


今になってあの女神様が告げた言葉に実感が湧いてきた。


それと同時に、言い知れぬ怒りも私の内からふつふつと湧いてきているようだった。


「カーシャちゃん!」


「ひぃっ!?ご、ごめんなさい!レア度の低い私がこのようなことをお願いして申し訳ありません!ご、ご主人様には逆らいませんから!だから、雌ブタにだけは!か、体で奉仕いたしますから!!」


錯乱してか服を脱いでその場で裸になってまでも誠意を見せようとするカーシャちゃんの手を取り、それを阻止した。彼女は不思議そうな顔をしていたが、掴んだ手は小さく震えていた。


「その雌ブタについてはよく分からないけど、でもカーシャちゃんにそんな酷いことは絶対にしない」


「ふぇ?」


「他の女性にも絶対にそんなことしないし、私は他の男性にもさせない!」


「ど、どうして?」


「どうしてって…私は女性が好きだから」


「す…き…?」


「あの女性特有の良い匂い!男性にはないふかふかとした肉体!喉から溢れる魅惑の声!長い髪も短い髪も、陶器のような白い肌も健康的な日に焼けた肌も!全部全部が素晴らしい!全部全部が愛おしい!」


「え…あ…え?」


「うん、決めた!やっぱり男性も女性も平等に生きられる世界を作る!そうするために私はこのスキルを身に付けたんだ!!」


私はカーシャちゃんの手を取りそう高らかに宣言した。彼女は呆気に取られた表情をしていたが、でもその目から涙は失せ、表情も私を踏みつけていた頃の明るみを取り戻し始めていた。


「だから、カーシャちゃん。私に力を貸してくれないかい?一緒に、男女が共に平等に生きられる世界を作れるということを証明するために!」


「…」


しかし、手を取り立ち上がったカーシャちゃんの表情が再び曇り始める。私のスキルを体感し、この奇跡とも言える男女逆転劇を目の当たりにしても、まだ彼女の中には不安と疑念が巣食っているようだった。


「で、でも…そんなことって無理よ。例えあんたが他の雄ブ…お、男の人たちのレア度を変えられるとしても、上には上が居るのよ。“SSR”やましてや“UR”なんて、今のあんたたちとは比べ物にもならないわ!そんな夢見て…無駄に…死ぬだけよ」


「大丈夫さ。我々はそんなレア度なんかには負けない。でも、そうなるためにはカーシャちゃんのような女性の力が一つでも必要なんだ」


それだけを告げると私は右手をカーシャちゃんの小さなお胸に押し当てた。


「な!?」


「リローr…んほぉおおおっ!!」


カッコ良くスキル名を決める前に、私は音もなく飛んできたカーシャちゃんの右フックに吹き飛ばされた。


「な、何をするかぁ!?ま、ま、ま、まだあんたに体を差し出すって決めたわけじゃないんだから!!このブタ!!早漏!!」


「い、いやそうじゃなくて…。とにかく、ち、力を取り戻せたようで…な、何より…ガクッ…」


「え…?あ!あぁ!!」


私が吹き飛ばされる様を見て、カーシャちゃんは自身に以前の力が戻っていることを、レア度が“N”ではなくなっていることに気付いたようだった。


「右手の力、相手のレア度を上げる『上方修正アッパー』の効果を使ったんだよ。これで私の決意が伝わればいいんだけど」


「あんた…」


レア度を上げたことで、力を取り戻したカーシャちゃんが仕返しにと私含めここに居る男性たちに危害を加える可能性もあった。でも、カーシャちゃんの中に隠れていたこの世界を、レア度絶対主義の狂った世界を良しとは思わない思いを信じ、私は彼女の胸を掴んだのだ。


そして、その思いを受け取ってくれた彼女は、今度は私にその小さな手を差し出してくれた。


「あんた、馬鹿ね。わざわざ私のレア度を上げるなんて。これでもう好き勝手できなくなるわよ」


「ははは、スキルを使わなくても好き勝手させてくれるようになるまで頑張るさ」


「な、ならないわよ!そんなの一生!!」


そんな私とカーシャちゃんの一部始終を冷や冷やとした心持ちで眺めていたコリアさんは、全てが終わり安全だと確証を得るとそれでも恐る恐る我々の下へと近づいてきた。


「ま、全く…イッパツさんはやることなすことに突拍子がないですよ。心臓が止まるかと思いました」


「ははは、ごめんなさい。ご心配をかけましたコリアさん」


「はぁ~…、でもこれで漸く本題に…」


ビシュ


「…………え?」


その瞬間、トマトを壁に叩きつけた時の様な水っぽい音とともに、コリアさんの首から上が消えて無くなった。首から上が無くなった胴は切断部から赤い液体を噴水の様に撒き散らせながらその場に崩れ、二、三度ビクンビクンと大きく揺れてから今度はピクリとも動かなくなった。


「コリ…ア…さん?」


全く状況が読めず、恐る恐るコリアさんだったものに近づくがそのべたつくような血の匂いが鼻に触れた瞬間、私は急激に胃からこみ上げるものを我慢できずにその場へとぶちまけた。


「おべぇぇっ!!!」


鼻も舌も逆流した胃液でおかしくなり、視界も白黒と点滅し訳もわからず、全ての音が遥か遠くに聞こえた。一体今の一瞬で何が起こったのか、何も分からない。


だがそんな中、私は辛うじてとある人物を眼にした。


私の眼前に広がる赤黒い血の様に染まった甲冑にそれに負けない朱い槍。全身を不気味な“赤”で統一した女性がいつの間にかそこに居た。


「“SSR”…“朱壁”のローズ…」


私の傍で立ち尽くすカーシャちゃんがそう呟いたのが微かに聞こえた。


“SSR”。レア度の支配するこの世界において、最上位の“UR”に次ぐ最強の力を持つ女性が、我々の目の前に立っていたのだ。

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