第6話 “リロール”、振り直しの力で世界を変える

「今まで皆さんに暴力を振るい、大変なご迷惑をお掛けしたことを深く反省しております。本当に申し訳ありませんでした」


夜明けの早朝、私の二日目の異世界生活が始まろうとしていたその時。この世界での絶対的順列を決めるレア度の中でも最低ランクとされる“N”を背負う男性たちの前で、その彼らを今まで圧倒的な暴力で支配を続けていた女性の内の一人カーシャちゃんが頭を深々と下げて謝罪していた。


目の前に広がる理解不能な光景に家畜小屋のような小汚い場所に押し込められた数十人の男たちが騒めく中、タクジさんがふらふらと私の下へと歩み寄る。


「い、一体全体これはどういうことだ…?」


驚くことも無理はない。生まれてきてからこれまでに、女性というのは絶対的な支配者であり決してあちらから頭を下げるようなことは天と地がひっくり返ったとしても起きないことを常識として植え付けられてきた彼らにとって、カーシャちゃんが頭を下げ謝罪する光景は理解の範疇を超えているに違いない。


「カーシャちゃんにこれまでの行いを反省してもらったんです。これでもう彼女は皆さんに酷いことはしないはずです」


「い、いやいやいや!?それが訳が分からねぇって!?だいたい昨日の夜にカーシャ様に連れて行かれて何をされたんだ?…いや、何をしたんだ?」


「私のスキルを使ったんですよ」


「スキル?でも、イッパツのスキルは自己回復…だったろ?」


タクジさんと私の会話に興味を惹かれてか、コリアさんやミナナくんも集まって来たので私は昨夜カーシャちゃんが掌を押し付けていた洋紙を取り出した。


「それは…“鑑定紙”ですね」


“鑑定紙”。その理屈はよく分からないけど、この紙に手を当てることで自分のスキルについて詳しく知れるようであった。だいたいの能力は体のどこかに刻まれているという聖痕とその人の行動で何となくは予想できるが、もっと具体的なことを知ろうとするのであればこういったアイテムを使う必要があるらしかった。


何ともファンタジーな感じであるが、この一枚の紙のおかげで私のスキルが自己回復系ではないことに気が付けたのだからこの際とやかくは言うまい。


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ランク:R

スキル名:振り直しリロール

能力:聖痕を刻まれた者の心臓付近に触れた際に能力が発動し、その者の聖痕を刻み直す。その際には古い聖痕の能力は消滅し、代わりに新しく刻まれた聖痕に準じた能力が新しく付与される。

左手で触れた場合は『下方修正ダウナー』の効果。触れた者のレア度を下げることができる。一方で、右手で触れた場合は『上方修正アッパー』の効果。触れた者のレア度を上げることができる。

それぞれの能力は同じ対象者に1回ずつ使用できる。ただし、このスキルは使用主には効果を発揮しない。

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“鑑定紙”に書かれていた内容を読み上げるとだいたいこのようなことが書いてあった。


「リロール?」


「レア度を変えることができるって…。そ、そんな馬鹿な…」


この世界を創造したという女神様がもたらした絶対的な規則であるレア度。それに愚かにも叛逆するような罰当たりなスキルであったが、一生涯を懸けても“N”や“R”までしか到達できない男性にとってこのリロールはまさに救いになる。


私の話を聞いたタクジさんたちの顔がそう告げていた。


「つまり、カーシャちゃんには私の左手の能力のダウナーを使って、彼女のレア度を『N』に下げさせてもらったってことです」


その話を聞いて一同がカーシャちゃんの方を向くが、いつもの余裕で反抗的な彼女の表情は怯える小鹿のようになっていたことからも深く説明しなくても今の状況が皆さんに伝わったようであった。


「ほ、本当か…今の話?」


「でも…俺たちが柵の外に出てるっていうのに、いつもみたいに暴言を吐いたり暴力を振るったりしてこないぜ」


「ひぃっ!」


じりじりとカーシャちゃんを取り囲む男たち。いつまでも怯えた表情をするだけかと思いきや、カーシャちゃんの表情が少し険しくなると彼女は拳を作って手短な男性へと襲い掛かった。


「このっ!調子に乗るなよ、雄ブタがぁっ!!」


「う、うわぁぁっ!!?……あ、あ…あれ?な、何ともない…」


しかし、同じレア度“N”である彼女のパンチは年相応の女の子のパンチにしか過ぎず、日々肉体労働などで鍛え抜かれているここの男性たちにとっては猫のパンチにも満たない威力しかないようだった。


「これで皆さんにも状況が理解できたと思いますので、私の話を…」


前振りが長くなってしまったが、これで漸く本題に入ることができる。そう思った矢先、カーシャちゃんを取り囲んでいた男性たちの目付きが変わりカーシャちゃんの悲鳴が木霊した。


「は、はははっ!本当だ!“N”しかない俺たちに手も足もでないぞ!」


「よっしゃ!これまでの恨み!その身に受けてもらうからな!!」


「や、やめて…」


乱暴に腕を掴まれて拘束されそうになり泣き出すカーシャちゃん。思いの外の皆さんの行動に私は慌てて仲裁に入る。


「ちょっと待ってくださいよ皆さん!何をそんないきなり…」


「邪魔しないでくれよイッパツさん!」


「そうだ!あんたがくれた好機じゃないか!今までの恨みをこいつで晴らさせてくれよ!」


「こいつらは今まで散々俺たちを玩具にしてきたんだ!同じことをされたって文句はいえないだろ!!」


「ちょっと皆さん…!落ち着いて!」


これまでの女性に対する怒りを露わにして活気づく皆さんに圧倒されつつも、私は背中でガタガタと震えるカーシャちゃんの気配を感じ取った。この状況、普通の女の子からすれば怖いに決まっている。


こんな状況は私の求めた状況ではない。でも、生まれてきてから女性に虐げられた生活を送ってきた皆さんのことを思えば、こうはならないと誰が言えたであろうか。全てはこの世界に根付く深い性別の差に生まれた怨念を理解しきれていなかった私の軽率な行動にあるだろう。


本気になって皆さんが襲い掛かってきたら、私一人ではカーシャちゃんを庇うことはできない。そうなれば、最悪の事態が想定される。


「なぁ…イッパツよ」


「タ、タクジさん…!?」


その時、一触即発の状況下でレア度“N”の男性たちをかき分けてタクジさんが目の前に現れた。タクジさんなら私の考えを理解してくれる。ここに居る皆さんから慕われているタクジさんならこの場を丸く収めることができる。


そう思ったが、タクジさんの瞳も他の男性たち同様に怒りに満ち溢れていた。


「イッパツ、退け。お前には感謝している。俺たちにこんな機会を与えてくれたんだからな。だから、そんなお前まで傷つけたくはねぇ」


「待ってください!何もそこまでしなくても…!」


「お前は記憶を無くしたから覚えていないんだろうがな…。こいつらが今までにどんな酷い仕打ちをしてきたと思っている!レア度の所為で仕返しできないからって好き放題しやがって!こいつらの手前勝手な理由で、どれだけの男たちが犠牲になってきたのか!お前は分かっているのか!!」


タクジさんの怒りの籠った一言一言がこの家畜小屋のような場所をビリビリと揺らす。もし前世でこのような場面に出くわしたらすごすごと退散する私であったが、今ここでカーシャちゃんを差し出すことは誰にとっても悪い結果に繋がる。


それに、私の目の前で女の子が酷い目に遭う。この世界がどんな理不尽な規則で縛られてようと、それだけはどうしても許せなかった。


「じゃあ、皆さんはカーシャちゃんを寄ってたかって虐めて、その後はどうするんですか!」


「…!」


「確かに、今の彼女は非力な女の子です。これまでの鬱憤を晴らすには丁度いいかもしれません。ですが、その後は?この世界には何千何万という女性たちがいるはずです。その彼女らからすれば我々男性は虫けら同然なんですよ!カーシャちゃん以外の女性たちがここに来て、カーシャちゃんを虐める我々を見てどう思いますか?どうなると思いますか?」


「…」


私の言葉を聞いてか、皆さんから殺意にも似た邪悪な雰囲気が薄れていくのが分かった。


「間違ってはいけません。今の我々はたった一人の女の子に復讐するだけの機会を得たわけではありません。この世界を、女性が男性を蔑視して家畜の様な扱いをするこの状況を打ち砕く機会を得たんです!」


私の言葉にざわざわと皆さんが騒めきだす。当初の予定とは違ったが、私はこのリロールの力を得て、この世界を体感して、自分の内に目覚めた思いを打ち明ける。


「革命です!私のこの力、リロールを使って女性と男性を分断するレア度を…女神が決めた絶対の定めというものを…ぶち壊します!」


そこまで叫んだ後、辺りはしんと静まり返った。


「だから、皆さんにはカーシャちゃんのような女の子に制裁を与えるのではなく、私の革命に力を貸してほしいんです。一時の自由ではなく、永遠の自由を勝ち取るために、皆さんのお力を貸してください。お願いします!」


それだけを言って私はその場に額を擦り付け、土下座してお願いした。確かに、カーシャちゃんを守りたいという気持ちはある。しかし、それだけでなく、この世界に生きる全ての男性のためにこの力が役立つというのであれば、私はそれを活用したい。そう思ったのである。


これでダメならもう終わりである。後に待つのは緩やかな絶望と死、それだけである。


「革命って…本気でそんなことができると思っているのか?」


「確証はありません。でも、できる力を手に入れたんです。あと必要なのは支えてくれる仲間だけです。私一人では、その場で野垂れ死ぬのが関の山ですから」


「…イッパツ」


しばらくの静寂の後、私の肩にタクジさんの手が置かれゆっくりと顔を上げた。


そこに広がっていたのは、強くはないが弱くもない、この先に希望の光を見つけ出した、そんな男たちの顔であった。


「俺たちが望むのは一時の自由じゃねぇ。例えここでそいつを好き放題したって、やっぱりこの胸の痛みは無くならねぇ。俺たちが本当に欲しいのは真の自由だ。性別やレア度なんかに人生を決められない、そんな世界で生きたいんだよ、俺たちは」


「約束します。私の力で…この世界を変えるって、だから力を貸してください」


「あぁ、分かった。俺たちの未来、お前に託すぜイッパツ!皆もそれでいいよな!」


「「「おぉぉ!!!」」」


一時はどうなるのかとヒヤッとしたが、タクジさんが私の目的に賛同してくれたおかげで、そのタクジさんを慕う皆さんまでもが私の目的に賛同してくれた。


これでこの絶望的な状況を脱する一歩を踏み出せた。


だが、あまり悠長にしている時間はない。急がないと…。


「貴様らぁ!!一体何をしている!!何故柵から勝手に出ている!!」


「「「!?」」」


すると、我々の居る家畜小屋の入り口の方から空気を揺るがすほどの大きな女性の怒鳴り声が響いた。


見ると一人の女性を先頭に、後ろにはずらりと同じ監視員のような制服を着た女性たちが並んでいる。


一難去ってまた一難。


とはいえ、もう我々は止まれないし、止まるつもりはない。


反旗の覚悟を決め、私はその右手をタクジさんの胸へと差し出し叫んだ。


「リロール!!」


そして今この瞬間、全ての男性たちを解放する長く苦しい戦いの幕が切って落とされたのであった。

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