第5話 お仕置きの時間だぁ…

「…ここだ。入れ」


タクジさんら、雄ブタと呼ばれる男性たちがぎゅうぎゅうに押し込まれていたあの家畜小屋のような場所から歩くこと数分。


他の女性たちとはすれ違わないまま再びあの私刑を受けた部屋のある建物まで連れていかれると、その2階、幾つもの部屋の扉が並ぶ内の1つの前まで連れて来られた。


私をここまで連れてきた女性の名前はカーシャというらしく、正直に言えばかなり可愛い顔立ちをした、小生意気そうだがそのちんまりとした低身長がグッとくる、金髪蒼眼が愛らしい娘である。


しかし、その可愛さとは裏腹に先日は私を一番に甚振って楽しんでいたのも彼女である。


ともすれば、この国を治めるという拷問大好き女王様に私を献上する前に私をもう一度甚振ろうという腹積もりかもしれない。


「おい、ぼーっとするな!このブタがっ!早く入れっ!」


「んほぉおおおっ!!」


カーシャの回し蹴りが見事に私のお尻向かって鞭のように飛び、私は急かされるままにその部屋へと飛び込んだ。


扉を開けた瞬間に香る甘い匂い。部屋を彩る明るい色の小物たち。質素なベッドの枕元には部屋の主の眠りを守る可愛らしいぬいぐるみたち。


どんな血みどろな拷問部屋が待っているかと思いきや、そこはどこからどう見ても女の子の部屋だった。かくいう私も前世では複数の女性の部屋にお邪魔したことがあったが、それらを含めてもこの部屋が一番に女の子女の子した部屋であっただろう。


「…えーっと、それで私は何でここに連れて来られたのでしょうか?」


「とりあえず座りなさい。順を追って説明するわ」


「それでは…失礼して」


「座れ」と言われたのでとりあえず目に付いた椅子に腰掛けたが、すぐさま私の顔面目掛けてカーシャの鉄拳が飛んできた。


「んほぉおおおっ!!」


「ブタの分際で人様の椅子に座ろうとするなぁっ!」


「い、いや…ですけど“座れ”って…」


「はぁ!?ブタが座るのは床にでしょうがっ!」


「んほぉおおおっ!!」


言い訳も許されぬまま、椅子から転げ落ちた私を蹴り飛ばすカーシャ。


なるほど、確かにどう見たって男性よりも華奢な女性がこうも軽々と男性の体を好き放題にできるのかと疑問には思っていたが、これがタクジさんたちが話してくれたレア度による肉体強化の恩恵なのだろう。


どうやらこの世界では見た目でその人の強さを計ってはいけないようだ。また1つ勉強になった。


「ったく、信じらんない!ブタの癖に人様の椅子に座ろうとするなんて、どんな教育を受けてきたのよ!」


ぷんすこと怒りながら私の座っていた椅子に座るカーシャ。一方の私はというと、仕方がないので床に正座してカーシャの前に座すことにした。


「あのー…、それで何の御用でしょうか?」


「…単刀直入に聞くけど、あんた女性を喜ばせる技は持ってるの?」


“女性を喜ばせる技”?これはまた異世界ワードであろうか?


「そういう調教を受けてきたのかって聞いてるの!」


「えーっと、あるような…ないような?」


カーシャの凄い剣幕に“女性を喜ばせる技”については聞けなかったが、一先ずは話を先延ばしにする方向でいった方が無難だと思い曖昧に答えてみた。


「それで、カーシャさんは…」


「あ?カーシャ“さん”だぁ?」


「あ、いえ…カーシャ様は…私に何をお望みで…?」


「私にその“女性を喜ばせる技”を披露しなさい」


「…はい?」


一瞬耳を疑ったが、カーシャは気にも留めた様子もなく話を続ける。


「最近、お姉様方が雄ブタに“女性を喜ばせる技”を使わさせて毎晩楽しんでいるようなのよ」


「ほう…毎晩」


「私ももうすぐ18歳…だし?そろそろそういった遊びも覚えていかないといけないでしょ?」


「ほう…18歳」


「とはいえ、もう見知って日頃から蹴り飛ばしてきたあの雄ブタどもにやらせるのは癪だし。かと言って、近くの専門店に行こうものならお姉様方に『まだ早い!』って止められるに決まってるし」


「ほう…専門店」


「そこであんたの出番ってわけ。まだ見知って一日も経ってないし、数日後にはここから居なくなるわけだし何の心配もない。あんたみたいなブタが相手なのは正直気に喰わないけど、18歳になった後の本番で恥をかかないための前座としては悪くはないでしょ?…どう?良い考えでしょ?」


「ふむふむ…」


これまでの話を聞いて“女性を喜ばせる技”について考察し、私は1つの答えを導き出した。


「つまり、カーシャ様は欲求不満であると。そういうことですね」


「アホかぁっ!!??」


「んほぉおおおっ!!」


甲高い音を立てて私の頬にカーシャの平手打ちが炸裂した。あまりの衝撃に顔が2、3度回転したかと思ったが、目がチカチカと眩んだだけで頭と胴は繋がっていた。


「何をっ!どうっ!聞いたらっ!!そんなことにっ!!なるっていうのよぉっ!!このブタがぁっ!!!私を!あんたみたいな万年発情ブタと一緒に…するなぁっ!!」


「んほぉおおおっ!!」


間髪入れずにそのまま馬乗り状態になると、私の顔面目掛けて右の拳、左の拳と交互に振り下ろされる。


痛みと回復、痛みと回復。しばらくはそれらが続いていたが、徐々に私の自己回復が追い付かなくなってきたのか、どんどんと意識が遠のいていく。


どうせ拷問女王様に嬲り殺しに合うのであれば、いっそここでカーシャに殴り殺されるのもありかと思ったが、人の体というものははてさてどうしたものか自然と防衛手段を取ってしまうものだ。


私はカーシャの鉄拳の嵐の中、無意識の中で辛うじて左腕だけを動かして何かできないかと探った。


そして、その結果、私の指先に何か柔らかいものが触れた。


「っ!?」


するとその瞬間、ピタリとカーシャの動きが止まった。私は顔が腫れ上がった所為で目の前が見えないものの、その指先に全集中してできる限りのことを尽くした。


先ずは優しく突いてみてその反動を確かめる。

それはまるでマシュマロのようだった。


続いて指先を動かした後、優しく撫でてみてその感触を確かめる。

それはまるで絹のようだった。


最後に指先を動かした後、優しく摘まんでみてその固さを確かめる。

それはまるでグミのようだった。


なるほど、目には見えないが私の左手が捉えたものが分かった。


これは紛れもない“おっぱい”だ…。この娘の胸で言うなら“ちっぱい”だった。


「死ねぇぇっ!!!!」


しばらく、鉄拳の雨霰が収まっていたおかげで何とか顔面が修復したが、視界に映ったのはカーシャの赤面と天高くから振り下ろされる拳であった。


あぁ、流石にこれは死ぬに違いない。


それを確信した私は、顔面が破壊されて天に召されるまで左手のふにふにとしたおっぱいの感触を楽しもうと必死になったが、振り下ろされたカーシャの拳はぽこんと私の頬に当たったかどうかも分からないほどの威力しかなかった。


「「え?」」


そのあまりの出来事に流石の私も揉む手を止めてカーシャを見つめる。同じくカーシャもぽかんとした表情で私を見つめていた。


「こ、この…っ!!」


呆気に取られていたカーシャはキッと険しい表情に戻ると再び拳を作って私へと殴りかかった。しかし、どれもぽこぽこという効果音しか出ないような弱弱しい一撃でしかない。


「な、何で…!?どうして!?」


私の胸の上でわなわなと震えるカーシャを見上げながら、先程までの傷が全て癒えた私は試しに体を起こしてみる。


「きゃあっ!?」


するとどうであろうか。先程まで幾ら暴れてもピクリとも動かなかったのに、今はまるで布団をどかすかのようにカーシャを楽々と押し退けられた。


ゴロンゴロンと転げまわった後、カーシャは青ざめた表情のまま近くにあった棚へと飛びつくとそこから何かを取り出してそれに自身の右手を押し付けた。


「う、嘘よ!こんなの嘘よ!わ、私は生まれながらの“SR”!選ばれた強者!“R”しかないこんな雄ブタに負けるはずが…」


何やらブツブツと独り言を言っていたが、不意にしんと静まり返った。


不穏に思って彼女の元へ歩み寄ると、カーシャが右手を押し付けていた古びた洋紙のようなものに何やらびっしりと小さな文字が書かれていた。


それはまるでゲームでいうステータス画面のような見栄えであったが、中でも一番に目を引いたのはその洋紙の上部に記された大きな文字である。


“N”


そこに書かれていた細かい文字の説明は私には分からないし、どうしてこんなことになったのかは全く見当もつかない。


ただ、その文字が表す意味はもう痛い程十分に理解している。


そして、絶望に打ちひしがれガタガタと震えるカーシャの肩にそっと優しく手を置いた。ビクッと大きく震えた後、ゆっくりと彼女の顔がこちらへと向く。


「お仕置きだどん☆」


ニタリと笑う私に、乾いた笑みを浮かべるカーシャ。


女性を傷つけるのは私の騎士道に反することだが、今宵だけはその精神を守れそうにはない。

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