第3記 いただきます
「ご馳走だ。腹いっぱい食え」
机の上に並んだオードブル。海老や牡蠣が楽しく踊っている。唐揚げやエビチリが堂々と居座り、レタスやキャベツが下で彼らを支えている。
箸を持って上に向ける。それを握りしめて目をつぶった。「いただきます」と呟く。これは元々自分の感覚に染み込まれた作法であった。
「あー、そうだ。その「いただきます」は止めな。病院でもそう食べてたらしいが、まあ、そりゃあ良くねぇんだわ」
カミヤは箸を机の上に置いたまま挨拶なしに食べ始めた。
「「いただきます」の挨拶は邪道なんだよ。全て「ごちそうさまでした」にいただきますを含めて挨拶をするからな」
何も知らない無知な自分が恥ずかしい。
肉を摘んで口の中へと放り投げた。
「なあ。あんちゃんの言霊ってなんだ?」
やわらかい肉を咀嚼しながら彼の言葉を考える。言霊と聞いて失った記憶の一部が蘇ってくる。親のシルエットが現れ、優しく頭を撫でている場面。『せ』の文字が言霊ということを思い出しその場面は霧となり有耶無耶となって消えた。
言霊とはこの世界における異能力のことで一人一人使える言霊が違う。僕の場合、言霊は『せ』であり、『せ』からつく異能力が使える。
例えばカミヤの場合、言霊は『か』であり、彼が荷台に『軽くなれ』と放つと荷台は軽くなるのだ。これが言霊──異能力である。
「『せ』です!」
まだ完全に噛み切れてないそれを一気に飲み込んで喋ったことで噎せてしまった。すぐに水を飲んで咳払いをする。
「おっ、言霊は覚えてたか。なら、話は早ぇな。じゃ、修行は明日からだな」
新しい生活に心躍る。
布団の中に包まる頃でも夜ご飯の味は未だに口の中に残っていた。
夢の中で誰かがいった。
「私、この国から出てく」
その女の人がどうなったのかは分からない。そして、それが僕と何の関係があるのかは分からない。そもそも彼女と僕との間に関係性があるとも限らない。なぜならこれは夢だから。
その様子を草陰から見ていた僕の元へとやってくる幾つもの黒い人影。それから逃れるように僕は走っていく。どこに進んでいるかも分からない。ただひたすらと。
誰もいない闇の中で僕は。
ふと場面が変わったかと思うと、ここに朝がやってきていた。
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